ルノアールでエール

退職することにした。

 

CONCENTinc
会社の中庭。ここで退職の話を切り出した。ほんとうに辛かった。ごめんなさい。
アルバイトとして働いている今の会社は総勢20人ほどの新進のWeb制作会社で、大きな案件、細かい業務、何でもござれの環境で終電まぎわまで作業している。

デザイナー募集の応募に、プランナーになりたい!と我が儘を言って入れてもらった。社長が面白がってくれた。小さな会社かつぺーぺーの自分なので、実際にはプランニングよりはWebサイトのコードを書く作業が大半だった。先輩のコードをコピペしてたら大きくレイアウトが崩れて死にたくなったりもした。ぼくには呪文にしか見えない。もっと続けていればプランニングにも関われただろう。

 

回想するにはまだ早いんだけど、面白い仕事もそうでない仕事も、自分なりに吸収するのに必死だったように思う。スキルが全く追いつかず泊まることもあった。

 

自分の業務よりも、周囲の大人たちの仕事を垣間見られたのがよかった。
学生が学生のうちから生の制作職を見られることは贅沢だ。そんな、いわゆる下積みをするためにここへ入った。

 

この春、偶然が縁となって、同業の他の会社へ移ることになった。

生意気な質問から記憶してもらえたらしい。先方から面接の誘いを受け、クリエイティブ試験なんていうものをやって、どうにか内定2名のうちのひとりになった。

今の代々木から、今度は品川に通うことになる。
どっちも普段着なのは変わらないが、社員数は10倍になる。むしろ服装以外は大きく変わるだろう。より大きなところでやってみたいと今は思っている。

それでも、

今の会社で身につけたことや学んだことはどこへ行っても必要かつ有効な武器になるから、偉くなって仕事ください。

と、上司に言われた。頭が上がらない。学んだことは数多くあれど、はたして身についているだろうか?中途半端なところで出て行ってしまうことが申し訳ない。

昼下がりのルノアール。

卒業式っぽい。


投稿者: tacrow

伊藤 拓郎 / Takuro ITO (April 12, 1980~) 2006年:武蔵野美術大学 造形学部映像学科卒業 2006年:(株)博報堂アイ・スタジオにてプランナー/コピーライター職 2012年:(株)BIRDMANにてプランナー/ディレクター職 2017年:(株)某広告代理店にてデジタル・プランナー/コミュニケーション・プランナー職(現職) デジタルガジェット、広告、映画、Netflix、写真、ももクロのあーりんを愛してやまない37歳