Jobs 一周忌に寄せて

10月5日、Appleの元CEO、スティーブ・ジョブズの一周忌でした。
あれからもう1年が経ったとは。AppleのサイトではTOPに追悼ムービーが現れるようになっています。

 

2007年の、iPhoneというマシンが初めて世界に披露されたときのプレゼンテーションを貼っておきます。

http://youtu.be/c_m2F_ph_uU

 

「今日、Appleは3つの革新的な製品を発表します。1つめ、ワイドスクリーンのタッチスクリーン式iPod。2つめ、革命的な携帯電話。3つめ、進化したネット閲覧端末。3つの製品です。

iPod,Phone,and Internet Communicator.

iPod,Phone‥‥もうわかったよね?これらは3つの別々の製品ではありません。This is one device.(これはひとつの製品です)

私たちはこう呼んでいます。iPhone。Appleは電話を再発明します」

 

間違いなく世界を変えた瞬間だったでしょう。僕のいちばん好きなプレゼンムービーです。ジョークも冴え渡っている。

 

スティーブ・ジョブズ。
あなたには未来への地図が見え、向かうべき方角を示してくれるコンパスのような人でした。あなたのいないAppleが心配です。

映像の中のプロジェクションマッピング

先日、東京駅で行われたイベントで初めてプロジェクションマッピングを見た話を書きましたが、その直後にTwitterで話題になっていた動画がこちら。

 

[vimeo http://www.vimeo.com/45569479 w=580&h=326]

 

実はもう2ヶ月も前に公開された作品で、「なんでまた今になって取り上げられてるんだろう?」と思いましたが、きっと東京駅の件でプロジェクションマッピングという手法自体に注目が集まり、再度話題になったのかと思います。

 

巨大建築など、投影するスクリーンのフォルムと質感を借りて新たな世界を描き出すタイプのプロジェクションマッピングがオーソドックスなもの(3Dプロジェクションマッピング)だとすれば、何もない立方体の中に世界を映して自由な角度で箱庭を映し出すこれは応用編の2Dプロジェクションマッピングと言えるのではないでしょうか。

そこで思い出されるのが、ミシェル・ゴンドリー監督のこの作品。

 

 

かつてのアバンギャルド過ぎた日々を引きずる男の心象風景。それが、雑然とした家そのものをスクリーンにして、文字通り「現実とだぶって」いるところを見せてくれます。

手法は3Dタイプですが、部屋という立方体の中で展開するさまはWillowの箱庭PV(1個目の映像)にも影響を与えているんじゃないか?と思ったりもします。

 

[vimeo http://www.vimeo.com/46309947 w=580&h=326]

 

こちらはそのWillowの箱庭PV(って称することにしますw)のメイキングムービー。

“物理的には何もないセット”の中でいかに自然の物理法則に沿った動きをしているかのように見せる演技の試行錯誤が微笑ましいです。いや、演じるボーカルの人は超大変だな!と畏敬の念すら覚えます。

 

ここで(というか本編映像でも)ひとつ、このミュージックビデオの発明だと気づくのが、ベルトコンベアの存在。この床に埋め込まれた装置があることで、真っ白な箱の中にいながらにして外へ出て、歩き、階段を駆け下り、さまざまなシーンと遭遇することが自然な動作で行えています。

そこで思い出されるのが、ジョナサン・グレイザー監督の名作。

 

 

1997年、当時僕は高校2年生でしたが、その年のMTVビデオミュージックアワードで4部門受賞するほどのインパクトがあったこの作品の見どころは、なんといってもスライドする床とそれに翻弄されることなく動き回るJey Keyの身のこなし(実際には床ではなく壁が動いているそうですが)。

部屋という限られた空間が、動く舞台装置によって無限の広がりを見せる‥‥という意味では、Willowの箱庭PVと非常に似たものを感じます。どちらも茶室のような限られた空間に宇宙的な広がりを見いだす「茶の湯」の世界観を想起させると言ったら言い過ぎかな。

 

最後に、「何もない立方体に世界を映して自由な角度で箱庭を映し出す」タイプのプロジェクションマッピングの素晴らしいCMとそのメイキングを貼っておきます。

このCMは商品である靴とそれを履く人以外のモチーフをすべて映写しています。2009年のキャンペーン。なので手法としてはべつに新しくはないんですよね。あとはプロットと描き方がどれだけ秀逸か。

まあ、手法の新旧で評価を決めることほど愚かなこともないと思いますし。ただこの2009年のクリエイティブは2012年の日本のテレビで流してもじゅうぶん話題になる強さがあります。

 

[vimeo http://www.vimeo.com/22142342 w=580&h=326]

 

気が狂いそうなほど緻密な作業だけど楽しそうだなぁ。

PaperHeart

10月になってしまいました。

2012年終了のカウントダウン開始。

まだまだ暑い日がつづきますが。

この時代のこの国の天候の転向についていけてない自分がいます。

 

PaperHeart

細田守監督のアニメーション『時をかける少女』ファンによるオマージュでしょうか。調べてみると、なんとロシアの方による自主制作だとか。オリジナルは夏の印象が強いですが、これはまさに10月にぴったりなトーン。めちゃくちゃ上手いです。

しゅっ、しゅたっ、ぱんっ。

こういうアニメーションを見ると

日本に生まれてよかったなって思いますね。

アニメーションの動きというのは振り付けなんですね。言ってみれば。

 

そして、

いかにアニメーション上の(あるいはマンガの)
決まり事と気持ちよさがぼくらの脳内にすり込まれているかが
よくわかります。

女子高生がパンをくわえたら遅刻しているから走る、のはもちろん、こうジャンプしたらこう着地して埃が舞うよね、とか。モーションもルール化してインプット、ストックしているんじゃないかと思います。

だからといってそのストックを引っ張り出して再構成できる人は一握りなのですが。

ただ、気持ちのいいアニメーションをつくれる人はストックが膨大にある。だから説得力が半端ないです。
しゅっ、しゅたっ、ぱんっ。が頭の中にあるから作れる。

転職のご報告

2ヶ月ぶりの更新です。
この2ヶ月、いろんなことがありました。

まず、7月15日〜21日までの1週間にわたるニューヨーク1人旅!

DSC00492

の前に、順を追って書くことにします。

 

2012年7月12日、6年3ヶ月間プランナーとして勤めてきた博報堂アイ・スタジオを辞めました。

Twitterでぼくをフォローされている方ならご存じだと思いますが、とにかく残業のおおい日々でした。平日は深夜2時3時のタクシー帰宅か、早くて終電。土日もどっちかは丸一日仕事。朝もだいたい8時に起きて昼まで企画書作成。これがデフォルトでした。

Webなどインタラクティブ広告を扱う制作会社なので、業界的な忙しさはあるにせよ、業界の方から見ても「働き過ぎじゃない?」と言われるほどの忙殺っぷりがつづいた6年間でした。

忙しいのは楽しいものをつくるための代償なので、企画が楽しいと思えている間は大丈夫です。

実際、自分が関わっていたチームのみんなは社内でもいちばん生き生きしてるんじゃないの?と思えるほど輝いていました。そういう瞬間まで突き詰められるメンバーがいるからこそ、どうしても帰宅は深夜に及びがちでした。そのこと自体は文化祭前夜っぽくて楽しい。企画が難産になって12時間MTGしたことなんかもいい思い出です。

 

ただ、そうではないことで心が折れそうになることもありました。そりゃ社会人ですから、当然いろいろあります。いろんなクライアント、いろんな事情、いろんな不具合。制作会社としては大所帯の200人超にもなる組織だったから、いろんな人もいます。ですが、いろんないちいちを「いろんな」で片付けます。会社がイヤになって辞めるわけじゃないから。

 

むしろカンヌにも連れて行ってもらい、宣伝会議のコピーライター養成講座にも通わせてもらい、さまざまな仕事上のチャンスをもらい、出会いがあり、きっちり恩返しせずに去ることに申し訳ない気持ちの方が勝っています。恩返し、できてないよなぁ。

カンヌのおもひで。
カンヌのおもひで。

さらに、5年目を迎えた頃から「いろんな」をひとつひとつ分析して上司や役員に意見するようになりました。意見できるようになったと言い換えた方がいいかもしれません。自分をプランナーとして丸4年にわたって育ててくれた元上司から巣立ち、仕事をカタチにしていく中で自信がついてきたんだと思います。

ブレストの仕方について、職場環境について、優秀な人材を留めるアイデアについて、企画力を高める方法について、人材育成について、レポートにまとめて社内共有したり社長に手紙を書いて読み上げたり、とにかく自分の中でグチとして抱え込むのではなく解決策にまで落とし込んで、仲間を巻き込みながら改善していこうと動きました(一度書いた上申書をまず妻に見せたら「代案が書かれていないから却下」と捨てられたのはいまでも鮮明に覚えています)。

その成果が見えたものと見えなかったものの両面がありますが、「いい仕事をする」ことと「いい仕事をするための場をつくる」ことの2つに取り組んだつもり。そして、そのためのアクションを起こす術が身に染みこみつつある時期に。

 

 

賞を目標に据えるのは本末転倒、仕事はクライアントや世の中のため‥‥と考える正論があるのも理解しつつ、自分は超シンプルな目標を立てた方が正論にも応えられると感じています。だからこの超シンプルな指針は自分を動かすのに足るものでした。

しかしこれにはカンヌはじめ数々の賞を獲っている上司の言葉が「蓋」になっていました。

「この会社でカンヌが獲れないんならどこへ行っても獲れない」

と。その通り。

実際はこの発言を受けたのは2011年の頭のことで、それで、やはり転職を考えていた当時、もう1年間がんばることに決めたのでした。

が、自分の力不足でショートリストから外れ、また種まきからはじめることになった今年。組織の問題も改善したくて動きだした時期に

「組織を変えることに自分の時間を費やすな。徹底的に分析をし、理想とする組織へ転職するか自分でつくるかをして、今いる組織を超えた方が早い。人生は短い」

という一説をある本で読み、あ、これだ、と。
わりと他人の発言を鵜呑みにして行動に移す、単純野郎です。何にでも乗っかってみるのがポリシー。

「この会社でカンヌが獲れないんならどこへ行っても獲れない。けれど、この会社で獲らなきゃいけない理由もない」

恩返しできてないと言っておきながらそれはないんじゃない?と自分でも思いますが、時間がない。気づいたらもう32歳。新卒で入ったこの会社から環境を変えずにこのままやっていっていく先の未来は、なんとなく想像がつく。仲間たちとの仕事はほんとうに刺激的で楽しいけれど、自分のさらなるバージョンアップを考えれば、外へ出るにはいいタイミングなんじゃないか。というか、この踏ん切りをどこかでつけないと自分は埋没してしまう。

 

そんな風に考え出した、そろそろ今年のカンヌライオンズの動向が気になり出すころに、昨年の自分が行って見てきたカンヌからの帰り道を思い出しました。

 

 

いま最も勢いのあるインタラクティブ系制作会社のひとつ、BIRDMANの社長、築地ROY良さん。昨年のカンヌで知り合い、成田空港から新宿までのバスの中でたまたま隣同士になって「クリエイターの挑戦する生き方」と「理想的な組織のあり方」についてお話を伺えました。これがほんとうに刺激的だった。創業者がここまで熱く語っているのは、ぼくには新鮮でした。

そんな出会いが忘れられないまま1年ちかくが経ち、Facebookで自分の将来について伺ってみたところ、話はとんとん拍子に進み、いちどランチを挟み、あとは「入社時期はいつにする?」という段階まですべてFacebookで決めるほどになり‥‥

もちろん、Facebook Messageのやりとりの前には前職の会社の上司ともだいぶ話し合いました。こっちは直接。ありがたい言葉をたくさん掛けてくださいました。会社の利益ということではなく「同志として」(←上司談)引き留めていただきました。なんかもうそのことに満足しちゃって、自分もついに引き留められるほどになったのかと思うほどに意志も固まり(天の邪鬼)。最終的には背中を押してもらったと自分では受け止めています。

 

長々と書いてきましたが、元はといえば上記のT上司が僕をカンヌ派遣員に猛烈プッシュしてくれて、行った先で次に入社する会社の社長と出会い、今度は上司の期待をなかば裏切るカタチになってしまい‥‥自分としてはすべて導かれるように進めてきた結果だと思っていますが、はたしてどうなんでしょう。すべてはこの先のがんばりにかかっている。

 

というわけで、どこにでもある平凡な転職です。Facebookでほとんどのことが決まって、履歴書も出さずに内定したことは平凡ではありませんが。

でも、どんな平凡な転職の中にも、人がいます。ぼくの人生に関わってくれた人たちがいます。送り出してくれた人たちにぼくなりの、新しい環境なりの方法で恩返しをしなきゃ。

前の会社の社長は言いました。「自分の中のタイを持て。タイを大切にしろ」と。やりタイ、なりタイ、つくりタイ。鯛のキャラクターまで作っていましたが、この言葉自体には正直でありタイ。

そして。

スマートフォンとタブレットの普及で、まますますインタラクティブな領域と生活者が密着しているこの時代。インタラクティブの制作会社でプランニングの仕事をつづける喜びをさらにつよく噛みしめていきたい。もっと面白いものを作りつづけていきたい。

6年3ヶ月もの間、ありがとうございました。

2011年の末にhungryの話

きのう、深夜にかなりグダグダと書いた駄文の方向性をもっと深く、スパッと言い当ててくれた動画がアップされていたので引用します。

2011年12月4日に行われたmyJapan Conference 2011での広告批評元編集長・東北芸術大学教授 河尻亨一さんのプレゼン。14分少々の動画ですが学生さん向けに分かりやすく、淀みなく話されるのであっという間です(さすが)。

 

テクノロジーとコミュニケーションの融合 次の広告とは?

 

きのう書いた「最近めっきり なんだかなぁの広告」に対して、コミュニケーションとテクノロジー、そしてクリエイションがキーになるという話はしっくり来ます。そのことは今年のカンヌで実際に河尻さんとお酒を飲みながら語ったことでもあるので、あの晩を思い出した気分です。

スパイスのスパイス

発売から1ヶ月近くが経ち今さらな話題ではありますが、Perfumeのニューシングル『スパイス』。PVは類い希なるカット割りだと思うんですよね。

 

ビデオクリップはサカナクション、木村カエラ、RADWIMPS、9mm Parabellum BulletなどのPVを手がける島田大介が監督しており、ガーリーでファンタジックな映像に仕上がっている。

近年のPerfumeのPVはすべて関和亮か児玉裕一が制作しており、島田がPerfume作品に携わるのは今回が初。過去作とひと味違う雰囲気の映像は、多くのファンに新鮮な印象を与えそうだ。

ナタリーより)

 

楽曲から受けるアンビエントテクノやプログレッシブな印象とかそういうのは門外漢なので他の人のレビューに譲るとして、ここまでエッジィな曲がメジャーシーンで発売されることが素直にうれしいです。その思いをさらに深くできるのが今回の島田監督によるPVで、冒頭から圧巻なんです。カット割りが。

 

 

最初、曲のテンポに合わせてテーブルの上の小物が次々とカットインします。

続いて「耳を澄まして」「耳を澄まして」のリフレインも、曲調に合わせるようにあ〜ちゃん、かしゆか、のっちの3人がテンポよく登場。

問題はこの後です。YouTubeでいえば23秒あたり。

スパイス PVより

「目を凝らせばほら」のあ〜ちゃんに重なるように、のっちとかしゆかのカットが一瞬だけインサートします。

続く「目を凝らせばほら」はそつなく進行し、「全てが見えるわ」でまた「ぐちゃっ」と、何に「すがる」でもないカット割りが入ってそのまま淡々と進むのです。

加えて、3人が並んでもいいであろうシーンも「あ〜ちゃん+かしゆか」と「かしゆか+あ〜ちゃん」とを分けて、構図も揃えずに撮ることで、映像に不安定な違和感を作っているように思えてなりません(半分を過ぎたくらいからは普通のつなぎ方になっちゃうのですが)。

スパイス PVより

 

初めて見たとき、「こわっ」と思いました。「ハラハラするわ〜」というか。
映像と音楽の定石である「テンポに合わせたカットバック」を守りながらときどき裏切る。今まで見てきたどのPerfumeとも違ったイメージです。コーラスや和楽器を取り入れた楽曲の新規性を映像にも求めるとこうなる‥‥ということでしょうか。

今までPerfumeのPVをずっと撮り続けて来られた関監督は「万華鏡の中で歌う」とか「型紙の中をすり抜けながら歌う」とか、わりと分かりやすい(記号化されやすい)手法で3人の歌を映像化してきた印象があります。別の監督がやっているから当たり前といえば当たり前ですが、歴然と関監督の延長ではないところが面白い。

思えば、振り付けを担当しているMIKIKOさんによるダンスも、曲のテンポに合わせる振りと歌詞に合わせる振りとを混ぜこぜにしているからPerfume独特の不思議なダンスになるそうです。そのずらし方に似てる気もします。

なんにしても再生直後からの気持ち悪いカットバックと構図の連続は非常にツボで、こういう編集ってちょっとでも気を抜いたらワケが分からないことになると思うので、すごいなと。しっかり「思いがけないワクワク」のスパイスになってる。

 

何が言いたいかというと、1月からのツアーが楽しみだぞ!と。

企画とチーム。

ほぼ日で糸井さんが興味深いことを書かれていたのでメモ。
「今日のダーリン」は翌日には消えてアーカイブされないので、勝手にコピペしておきます。

 

・社内のあるミーティングで、
 「企画力とかって、問わないほうがいいんじゃないか」
 という意見があった。
 ほう、そりゃまた大胆なご意見
 ‥‥と思ったけど、続けていわく。
 「ひとりが、これはいい企画だって出すものって、
  年に1本とか2本とか、そういうものですよね。
  企画って、集めようとしても出てきたことないです。
  なんだかふわふわした、逆によくありそうなことを、
  こんな企画はどうでしょうって言われても、
  なんかどうしょうもないんですよね」
 たしかに、そういうことは言える。

 すっごい企画というものを、提案されたことがあったか?
 「よくありそうな思いつき」が、
 運よく実行力のあるチームの目にとまって、
 叩かれたり、伸ばされたり、ひねられたりして、
 やっとおもしろいものとして実現するくらいだろう。
 
 逆に、「企画」なんて立派な名前がなくても、
 「相撲って、もっとおもしろかったよね」だとか、
 「このことって、困ってない?」とか、
 「あれ、なんでつまらなくなったの?」とか、
 なにかを感じて、それについてわいわいと、
 どうにかしたいと話し合って、
 考えをごろごろ転がしているほうがなにかが生める。
 ふつうの人として「感じる」ことと、
 感じたことを話し合って「転がす」ことができること。
 これがあったら、たしかに
 「企画力があります」なんて能力はいらないかもよー。
 
 よくよく考えてみれば、iPodにしてもiPhoneにしても、
 「どういうのがほしいんだろう」というお題を、
 真剣に「パス回し」して出来たもの、とも言えるよね。
 むろん、ひとりが考え抜いた起爆力というものも、
 ないわけじゃないのだけれど、
 いま、ほしいのは「企画力」という<能力>じゃなく、
 「感じる&転がす」の<性質>かもしれないね。
 弊社には、結果としての「企画」はありますが、
 それは「企画力」の結果ではありません‥‥かもね。

 

なるほど。

たしかに、「すごい企画」というのは年に数えるほど。
いや、そこまですごかったっけ?あれ?

プランナーという商売柄、企画とは常に向き合います。
その手前にやる「ブレスト」が企画の要になってきます。

ブレスト:ブレインストーミング。
脳みその中をごそっとテーブルにひろげて、みんなで「パス回し」する行為。
これが楽しく進めば、わりといい「企画らしきもの」になってゆく。とも限らないのですが、楽しいことは入り方として大前提です。

 

楽しいパス回しができたチームを大事にしよう!
と、最近とみに思うようになりました。

というのも、僕のいる会社は案件ごとにチームが編成され、ブレストから企画書の作成、デザイン、提案、プログラミング、公開、運用‥‥などを、つねに別々の人たちと進めるわけです。一般的にもそうでしょう。ただ、200人もいる組織なので上手くいくチームとそうでない場合との差が激しい(「そうでない」の捉え方も人それぞれで違います)。

仕事とはそういうもんだと思っていました。
いつも気の合う人とだけやるなんて我が儘だと。

ですが、世の中で話題になっている仕事を立て続けにリリースしている人たちは、彼ら独自のドリームチームを結成しているようです。きっと「感じる&転がす」の性質が合う人たちでできているハズ。他のチーム編成で動くこともあるでしょうが、映画の黒澤組が黒澤映画を撮るときだけ結集するように、「ここはいっちょ、また集まるか」てな具合に。

そういうチームづくりが僕にもようやくできつつあります。

途中でトンズラする人や何も喋らない人はもちろんいないし、頭に思い描いたことが瞬時に伝わる。「あの映画みたいな感じに‥‥」と言うと「だと思って、こんなのはどう?」と先回りしてイメージを見せてくれる。経験値が個人じゃなくてチームで蓄積されていくから効率がいいし。そもそも会社ってそいういう組織体なんですよね。考えてみれば。

 

話が糸井さんの語る内容から「転がして」しまいましたが、よーするにブレストがイイ感じに進んだチームは宝物にした方がいい。そして、自分ひとりの「企画力」を上げるための勉強よりも「パス回し」が気持ちいい人たちと一緒にいる方がいいかもよ。

すごくないことをわいわい語り合えてカタチに起こせるドリームチームなのだから。

Worldwideということ 02

昨日のBlog「Worldwideということ」で、「日本は1つの市場に過ぎない」という話を書きました。

企業がそういうマインドになってくるほどに、まさにwww(ワールドワイドウェブ)を世界戦略の武器として企画して欲しい、といったお題をもらうことが増えました。

が、何重もの中間セクションを通しての現地法人とのやりとりが複雑だったり、欧米のターゲットに潜むインサイトか具体的に想像しきれなかったりと、まだまだ手探りだなと痛感します。そもそも僕は英語が‥‥(別のスタッフを仲介します)。

以前、某自動車メーカーの海外向けサイトで、PCのマイクに息を吹きかけてクルマを操作するコンテンツを作ったことがありますが、フィジカルに訴えるものは万国共通でリリースしやすいのではないか?と思ってます(逆にマシンスペックや通信環境が大きく関わってくるのですが)。

 

さて、前回のつづき。
グローバルが当たり前になってくるにつれて商品のネーミングも相応に変わってくるだろうというお話。ぜんぶ僕個人の感覚的なことなので、間違ってたらすみません。

 

WindowsもiPhoneもFacebookも、世界中で同じ名前です。
北米ではiPhone、でも日本では「私電話」‥‥などとは言いませんよね。

トヨタの「ヴィッツ」は日本以外では「ヤリス」という名前で販売されています。日本では「ヤリス」という言葉の持つ響きが「ヤリマン」を連想させるのであまり好ましくないため、「Vitz」という名称となったそうです。逆に一部の英語圏、特にイギリス英語使用圏では「Vitz」の読みが「Bit(s)」に聞こえてしまうため、日本のみヴィッツ、日本国外ではヤリス、という住み分けがされているのだとか(Wikipediaより)。

キヤノンの一眼レフ「EOS Kiss」は、北米では「EOS REBEL」、ヨーロッパやアジア、オセアニアでは「EOS 1100D」などの型番で呼ばれています。ネイティブでは「Kiss」が唐突なんでしょう。

国内と海外とに分けた市場の捉え方では、こういったネーミングのローカライズも当たり前でした。が、これからはWindows、iPhone、Facebookのように、世界で統一されたネーミングのまま売られていくべきじゃないかなぁと思うのです。

ベンツのEクラスはヨーロッパでも日本でもEクラスというブランドです。「New E」と言われると、またどんな高級車が誕生したのか?と思うわけです。ハーレーダビッドソンもフェラーリも世界中で同じ名前、同じ顔つきです。

 

ネーミングの在り方だけでなく、考え方も変わってくると思います。

日本発の言葉である「ガラパゴス現象」を名称にした国産タブレットは、世界でその意図が通じるでしょうか?通じなければダメということでもありませんが。

ネーミングには必ず理想や佇まいを込めた意味が存在しますが、それすらもワールドワイドに伝わることを意識して名付ける時代なんじゃないでしょうか。それか、真逆のアプローチとして「UDON」とか「SUSHI」「SHINKANSEN」みたいな母国語で突っ切るか(フェラーリもトヨタもそうですよね)。そういえば、Hulu(ふーるー)もGoogle Chrome(くろーむ)も、日本人には変な名前です。でもそのまま浸透させようとしています。

個人的にすごくいいネーミングだと感心した、ごはんでパンが焼ける「GOPAN」も、そのまま世界共通の名前でいいんじゃない?と思ったりもします。将来的に「Japanese!MATSUI!GOPAN!」みたいな呼ばれ方をしてもいい。余談ですが、キヤノンの語源が「観音」というのはすごいですね。

 

ひとつのブランドに複数の名前があったり、英語なんだけど込めた意味は日本人にしか分からなかったりするのは、単一の世界市場という舞台では勿体ないと思います。ヤリスがヤリマンを連想させると言うなら、フェラーリなんてどうなるんだ?という話です。

 

関連記事:Worldwideということ

Worldwideということ

ここ最近買ったゲームを思い返すと、
『グランドセフトオート』とか『バトルフィールド』とか、
あきらかに洋ゲー(海外産のゲーム)が増えてきています。

 

バトルフィールド3

 

これ、ムービーパートではなくリアルタイムに描画されているゲーム本編の画面なんですよ。かつては洋ゲー=クソゲーの代名詞でしたから、この20年ほどでグラフィックは恐ろしく進化したわけです。

それってマシンの進化でしょ?と思われるかもしれませんが、そこに国の差が生まれているのです。日本のゲームはここまでリアルに描き切れていません。ムービーパートは美麗だけどゲームパートになると微妙になりがちです。

ゲームの面白さはグラフィックで決まるわけではありませんが、最近の優れた洋ゲーはムービーからゲームに至るまでシームレスでハイテンションな没入感を提供しています。しかもフィールドがものすごく広大で自由。ゲーム本来の、キャラクターを操り、なりきる醍醐味があります。

見逃せないポイントが、ハリウッドの存在

映像としてのリアリティを増すほどに、ゲームは映画の演出を貪欲に取り入れてきました。それ自体は国産ゲームでもメタルギアや鬼武者、FFシリーズなどでも見て取れますが、洋ゲーはついにハリウッドの監督を起用する時代になってきました。『Need For Speed』のトレーラーは『アルマゲドン』『トランスフォーマー』のマイケル・ベイがディレクションしたとか。

 

Need For Speed

 

また、世界中で2,000万本以上を売り上げる『Call of Duty』では『ダークナイト』や『インセプション』のハンス・ジマーが作曲を担当。もちろんフルオーケストラです。

 

こういうハイカロリーな制作費(40億円とも)がかけられたゲームを、制作者たちは本職の軍人から銃の扱いをレクチャーしてもらいながら超リアルに作り込んでいるのです。

それでも見返りがあるのは、ヒット作は全世界で2,000万本以上といわれる世界規模の売上げ(最初の週だけで489億円!)。その点もまさにハリウッド方式。それゆえにオリジナリティの高いゲーム(『塊魂』や『ワンダと巨像』など)は生まれにくい気もしますが。

 

最近、この「世界戦略」が身近に溢れとんなー、と感じることが増えました。
世界で勝負するプロダクトが僕らの生活に浸透してきたなと感じるのです。

たとえばiPhone、
ダイソンの掃除機、
ルンバ、少女時代。
そしてGoogle、Twitter、Facebook、Amazon。

これらには、世界で戦うための高品質とアイデアがあります。
昔は日本がアイデアだけ海外から輸入して品質で後出しじゃんけんをして勝つパターンでしたが、表面的な真似では追いつかないところまで来てしまった印象です。

 

逆に日本発のものが海外で受けている例もたくさんあります。
初音ミクは北米LIVEを成功させていますし、AKBもPerfumeも今やYouTubeを通して世界中にファンが存在します。アニメは言うまでもなく。ハリウッドセレブが買って帰るというウォシュレットもそうでしょう。

ただ、これらはワールドワイドに売り込んでいくことが前提にあったわけではありません。インターネットなどを通して世界に放流されたときに、たまたま「見つけてもらった」もの。よく言えば、その方が「強い」のかもしれません。

 

「日本はそこそこに市場が大きいから海外で勝負しようという狙いがない」とは、K-POPとの比較で言われることです。その点、K-POPは本国の市場人口が圧倒的に小さいので、あらかじめ海外戦略ありきで人材育成すると。だから英語も日本語もスクールでたたき込みますし、売り出す国によって曲調やグループの世界観まで変えます。

このような育成というか助走ありきの海外進出が、日本でも増えてくるんじゃないかと思います。

携帯ゲームの世界ではそれが進行中のようです。グリーの田中社長いわく、ガラケーからスマートフォンへの転換期である今、海外売上比率を8割にすることが目標だと日経で語っていました(ちなみに任天堂の海外売上比率は86%だそう)。会員数6億5,000万人の中国の携帯ゲーム大手と業務提携を結んだのもその一手でしょう。

 

洋ゲーをそれと意識せずプレイしたり、少女時代をふつうにiPhoneで聴いたり、飲み屋でルンバの自慢をするクラスタが必ずいたりする2011年の今、

「日本は1つの市場に過ぎないという認識に変えなければいけない」

と話すグリー・田中社長の言葉はまさにその通り。

家庭用ゲーム機が売れない時代です。冒頭のハリウッド式ゲーム会社もスマートフォンへとプラットフォームを移してくるでしょう。そうなると市場は最初から「世界」です。スマホのアプリに世界進出という考えはありません。「国内・海外」の2軸でもなくて、あらかじめ単一の世界がマーケット。

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の議論が白熱していますが、どのような結果になろうと関税だけで国内市場を守れる仕組み自体が崩壊してきているのだと思います。

じゃあ僕たち日本人がつくるものは外国用にローカライズされているべきか?日本の良さを追求すべきか?‥‥と戦略を練る以前に市場の拡大が激しくて、頭では理解しているつもりでも身体が追いついていないのかもしれません。

 

こうなってくると商品のネーミングの考え方も
変わってくると思いますが、その話はまた今度

再読「ムーンショット」 デザイン幸福論

2ヶ月ほど前の記事でTwitterでもたくさんRTされていたので読まれた方も多いかと思いますが、改めて自分のBlogに備忘録として記しておきます。

フェラーリのデザインを手がけたことで有名なデインダストリアルデザイナー、奥山清行さんの講演「「ムーンショット」 デザイン幸福論」より。

個人的に2011年11月8日現在で刺さる部分だけをピックアップしましたが、面白いので、読んでない人は全文読んでみてください

 

日本人ほど哲学とか倫理観とか教育レベルとかそういったことの個人の力が高い国というのは、僕は今まで経験したことがなかったのです。ところが、そういう人たちを5人以上集めると、幼稚園みたいなもんでまるでまとまらない。イタリアの方がよっぽどまとまる、アメリカの方がよっぽどまとまるという現実に気がつきまして、ひょっとして日本って団体力ないんじゃないの?っていうことになり、僕の今までの仮説が逆転しました。

皆さん何となく思い当たる節があるんじゃないかと。飲み屋に行くとすごいこと言うんです。仕事終わるとすごいこと言うんです。仕事の最中は黙って何も言わないですね。黙って何も言わないくせに何も考えてないかっていうと、当てると皆さんすばらしいこと言うんです。僕はそれは卑怯だと思いまして、自分が考えていることを、その場で決められた時間の中で他の人とシェアしないのはプロとして犯罪に近いと考えています。イタリアでそれをやると二度と会議に呼ばれません。ところが日本はそれをやって、黙っている方が会議に呼ばれるという、これは悪しき慣習だと思います。

中略

これからは、会社という組織が逆に膨れていくか、どんどん崩壊していくか、その両方がこれからどんどんこの今後の50年間で起こってきます。それで重要になってくるのが、これは日本経済新聞に載せた記事なんですけれども、会社と個人、あるいは自分のキャリア、仕事と個人というバランスシートがあって、日本の特に若い人に強く言いたいんですけれども、勘違いしているのは、若い人が特に勘違いしているのは、自分は会社とか仕事から得るものだけ得て、一番得た時点で次のステップに移っていくのがキャリアアップである、と。実はこれ大きい間違いでして、自分が与えたものと相手からいただいたものの中で、相手にあげた方の大きい場合に、次の仕事につながります。

これはアメリカとかヨーロッパの契約社会で非常に重要な考え方で、得たものよりも与えたものの方が多いことが大切なんです。それでこの人間は優秀であるという名声が広がって、きちんとしたお給料なり、それに対する対価をいただいて、次の仕事をもらうという仕組みを作るのが、実はプロとして非常に大切なこと。なんか高校の話みたいですみません。プロの皆さんを前にして。ただ、非常にその基礎が日本に帰ってきて成り立っていないのでびっくりしました。

中略

例えば100人と1億円があったとします。韓国とかアメリカの企業っていうのはそれを50人ずつふたつのチームに分けて5000万円ずつ与えれば、たいしたことないアイディアでもこれが面白いものになっちゃうんです。そうですよね?50人で5000万あったらば、日本の場合だとものが決められないからまずリサーチしましょうと言って、ひとりずつの100個のアイディアをリサーチしましょう、ということで1つのプロジェクトに100万円与えます。100万円もらってひとりで何しろって言うんですか?

これが今の日本です。優れたアイディアが山ほどあっても、それぞれのアイディアが日の目を見ないのは、1人と100万円を与えられても何の仕事ができるんですか、と。ですから、一番最初にうちの会社はこれをやるんだというヴィジョンを抱いて、ものを決めて、それに従って集中投資をするのが今のものの作り方です。分散投資はこれからの時代は絶対に成立しません。

 

表題にもなっている「いつ来るか分からない15分のために、常に準備をしているのがプロで、来ないかもしれないからと言って準備をしないのがアマチュア」という印象的なエピソードも面白いです。

 

アマチュアというのは実はすばらしいアイディアを持っていて、それでプロよりも非常にいい思いつきをするんですね。プロというのはものを知っているだけに、実は一番保守的です。長年同じことをやっているプロというのは、実はアマチュアよりもインスピレーションという意味でははるかにレベルは低いです。

ところがなぜプロがプロたる仕事ができるのかというと、アマチュアはたった1枚の企画書、1枚の絵、たった1個のアイディアに満足して先に進まない。プロは最初はろくでもないアイディアが出てきて、なかなか会議でもアイディアが出ない。だけどもそれを100回続けて、100個の中から1個を選んで、そういった人間が予算を取って100人集めて、合計1万個の中から1個のアイディアを出すから、いいものが出るのが決まっているというシステムを作るから、プロはプロたり得るのだと信じます。プロというのはシステムで仕事をする人間である、と。

だとすると、俳優の津川雅彦さんが言っていたんですけれども、「若い人は質なんか追うな。質より量だ。量をこなしていれば質なんて自然に付いてくる。それは実は僕ら年を取ったプロであっても全く同じことだ」というふうに言っていました。この質より量というのは非常に重要なことだと思います。頭動かす前に体動かせ、いろいろごちゃごちゃ言う前に数出しなさい、と言うのは実は非常に正しいアドバイスだと思うんです。

いつ来るか分からない15分のために常に準備をしているのがプロ、デザイナー奥山清行による「ムーンショット」デザイン幸福論 – GIGAZINE

CREATIVE KITCHENに行ってきました。#03

「CREATIVE KITCHENに行ってきました。」
Vol.01Vol.02に引き続いての3本目。

 

世界の広告はいま。今年のカンヌ100連発!
岸 勇希氏(電通) × 木村 健太郎氏(博報堂ケトル)
× 嶋 浩一郎氏(博報堂ケトル) × 樋口 景一氏(電通)

 

の続きです。1ヶ月以上前のことを記憶力とメモだけでどうぞ。

 

木村さん:
「賞を獲るためのコツなんてものがあれば僕も知りたいけれど、受賞するものには3つの方向性があると思います」

 1:誰よりも早くやったこと(先駆け)
 2:誰もOKしにくいこと(偉業)
 3:いつ誰がやってもいいけど誰もやらなかったこと(盲点)

Comment→
3番目は「盲点」って言ってたかどうか、うろ覚え。

 

木村さん:
「例えばコカ・コーラのFriendship Machineなんかは3番ですよね」

 

岸さん:
「今年は節目の年です!ってこの6年くらい毎年聞いてる気がするんですが、要は、カンヌは自分の中での発見でしかない。金銀銅の色を見るな、自分がどれをいいと思うかを素直に見ろと。賞を伏せてひとつの事例を徹底的に分析すると、その人の血肉になる。あと、たくさん見る。どれがすごい、ではなくて、とにかくたくさんの事例に触れられるんだから、見まくって学べばいい。今は公式サイトでも見られる」

 

canne01

 

嶋さん:
「ボジョレー・ヌーヴォーも、今年は100年に一度の当たり年です!って毎年言われてるんだよね(笑)。CMは受賞前のショートリストにあるうんこ作品も大量に見るといいよね。世界中の人間の欲望の固まりが見えてくるから」

 

木村さん:
「カンヌがあることの意味‥‥ファッションにパリコレやミラノコレクションがあるように、広告にもそういう場があってもいいと思う。僕はカンヌからいろんなものをもらったから、自分からも何か返したいと思ってます」

岸さん:
「日本に戻って説明会をすると、(他人の偉業を取り扱うが故に)敗北感しか残らないし、要素を(体よく)抽出したことしか切り売りできない」

「日本からカンヌに出したくても、純粋にいいものが出せないこともある。カンヌではシンプルでなければ届かないから。あいまいなものをあいまいなまま扱う勇気を持っていたい。何度も言うが私はプレーヤーでありたい。生産と解釈・批評はちがう」

「批評の眼はやたら新しいものごとに向かいがち。よく聞くのが、『これは新しい!感動した』‥‥新しいから感動するのか?人を感動させるために何かをやって、それが結果的に新しいことだったのなら分かる。新しいものを礼賛しても無意味。だからこれからのカンヌに何を求めるとか、どうなるかとか、興味ない」

Comment→
的なことを仰ってました。発言は前後してるかもしれません。

 

このメニューのメモは以上です。

 

実際にはもっと皆さんまんべんなく話され、100連発!とまでは行かないまでも、もっといろんな事例ムービーを流されていました。ほんと、作品の鑑賞でよかったのは学生まで。カンヌの現地で河尻さんと語り明かした夜を思い出しました。

CREATIVE KITCHENに行ってきました。#02

さて、前回からかなり間を置いての
「CREATIVE KITCHEN」まとめVol.02。

 

世界の広告はいま。今年のカンヌ100連発!

岸 勇希氏(電通) × 木村 健太郎氏(博報堂ケトル)
× 嶋 浩一郎氏(博報堂ケトル) × 樋口 景一氏(電通)

 

・手元のメモ帳だけを頼りに記述します。
・口調などは僕の記憶から成るフィクションです。
・再現をやめて、個人的に刺さった部分だけを抽出します。

 

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コミュニケーションデザイン

土日と体育の日で三連休でしたが、三連勤でした。
連休最終日は会社に泊まり、ぶっつづけの作業で朝を迎えましたが、土曜日の朝から夕方までは宣伝会議の「コミュニケーションデザイン実践講座」というやつに通ってました。

 

コミュニケーションデザイン実践講座

開催日 9月29日(木)、10月8日(土)、10月22日(土)【3日集中】
時間 10:00~17:15
講師
石田茂氏(電通)/岸勇希氏(電通)/木村健太郎氏(博報堂ケトル)

 

座学の講義ではなく、課題が出されてグループで企画を練り企画書を作って全員の前でプレゼンするまでを繰り返しながら、「コミュニケーションデザイン」を「実践」していく講座です。これが面白くて仕方ない。

メディアにとらわれないって、なんて夢が広がるんだろう。夢のままじゃいけないぶん頭使うし大変なんだけど、Webに限定しないってことが自分にとっては快感。年齢も経歴もちがうメンバーが集まってやる共同作業も、僕の班はいい人たちに恵まれたのか、とてもスムーズで楽しい。

 

先日は2回目、電通の岸さんとケトル木村さんによる回でしたが、「本気でやります」の宣言通り、本音がビシバシ飛び交う。詳細は書けないのですが、そんなスリリングな講評会の中でも僕らの班はなかなかの結果を(ひとまずは)出せたと思います。アイデアを評価されるって何よりもうれしいもんですね。自分がプレゼンターだったので喜びもひとしおです。

次回、2週間後の最終回に向けてさらなるブラッシュアップをせねば。

講座が終わって岸さんと名刺交換した際に、「コアアイデアがいいと、枝葉のアイデアも一気に拡がるんです」と言われたのが印象的でした。勝手にシナプスが繋がり合う瞬間というのが、たしかにあった。しかもプレゼンの15分前に。それまでは未完成もいいところで、一気に手直しをしたのでした。PC持っててよかった‥‥。

(他にも印象的な言葉だらけだったけど口外NGなので書けまへん)

 

今の仕事も同じで、ギリギリまでブラッシュアップしてたら連休とかなくなった。
楽しいしやりがいもあるんだけど、そろそろ宣伝会議賞の〆切も気になる季節。

あと、某テレビ番組に夫婦でちょこっと出演します。
10月は濃い一ヶ月になりそうです。

Steve Jobs

 

iPhone 4S発表の翌日に舞い込んできた衝撃的な訃報。

「自分が間もなく死んでしまうのだということを思い出すことは、人生における大きな決断をする時に私を支えてくれる一番大切な方法です。周囲からの期待、プライド、失敗したら恥だと思う恐怖感、そういったものは死の前には消え去って、本当に大切なものが見えて来るからです。自分もいつかは死ぬ。それを思い出すことは、失うものなど何もないということを気づかせてくれる最善の方法です」

僕とAppleの出会いは1999年のPower Mac G4でした。通称ポリタンク。

19歳の僕に映像編集と写真編集の楽しみを教えてくれ、人と、世界とつながるきっかけを与えてくれました。
大げさでなく。

その後、iPod、iPhoneを手にしてから、クリエイティブだけじゃない、生活が、ものの見方が変わりました。
多くの人がそうであるように。

なにより、新機種が出ることを毎度毎度楽しみに見守るブランドなんて、他にない。
そう、昨日のように。

 

いま改めてこのスピーチを見返したい。

 

Steve Jobs

世界を変え、私を変えたクレイジーな人。

心よりご冥福をお祈りします。