絶対に負けられないTo Do List

2013年6月4日、ワールドカップアジア最終予選第7戦でオーストラリアと1-1で引き分け、5大会連続出場の切符を手に入れた日本代表。本田のPKは会社で見守りました。

試合終了とともにお仕事も終了し、家路につくために原宿駅前を歩いていると。足下に1枚の紙きれが飛び込んできました。何だろう?

拾い上げてみると‥‥。

 

harajuku

 

「BLUE」のスペルミスやイラストが微笑ましい。
このコの行く末が気になってしょうがなくなりました。

「ふえほしい」と「借用書」とボンボンを持った笑顔のイラストが並ぶTo Do、どこまで達成できたのだろう?

DACADE

10年前の先輩

Blogを書き始めて今日で10年が経ちました。

初めて書いた日のエントリー

まだまだ未熟です。

分からないことと知らないことが混在しています。

分からないことを明らかにするために、日記を書くことにしました。

(中略)

生きている間のことを、書こうと思う。

(2003年5月28日付「webという海の中で」より)

な、何?この意味深な日記は‥‥。

10年前の学校

無理もない、と思います。

だって、死の淵から蘇ったばかりの23歳、2回目の大学3年生、自分の体が自分でないような幽体離脱感がつづく日々だったのだから。

10年前のいとこ

詳しくは「2003→2013 生きてます。」に書きましたが、あれから10年間の足跡が、断片的にでも自分の言葉と写真と落書きと趣味全開のYouTubeリンクなどで残っているというのは、いいものです。

5年前は赤坂サカスで働いてたんだなぁ、とか。2009年にゼクシィを買ったけど結婚するのはその1年後にお預けなんだよな、とか。その程度ですが。

10年前は夫婦

有名な話ですが、あのGACKTは「10年後の自分はどうなっていると思いますか?」という質問に

まぶしくて見えない。

と答えたとか(何年前に?)。

自分では、あまり歳を取ったとは思ってなくて。全身がまぶしくなるようなオーラをまとうほどの成長もないですし、頭皮がまぶしくなるほどの後退も今のところないので、生きてるだけで丸儲け、と思って日々を生きています。

 

10年前の妻

「先のことなど」

5月5日の『ほぼ日』の「今日のダーリン」より。

・『私がオバさんになっても』という歌を歌ってたとき、
 森高千里さんが想像していた「オバさん」の年齢を、
 おそらく現実の森高千里さんは、超えてしまった。

 ビートルズは、まだじぶんたちが20代のころに、
 『When I’m Sixty-Four』という曲をつくった。
 ずっと先だということの表現としての64歳を、
 追い抜いてしまった。
 その年齢までたどり着かなかったビートルもいるが、
 「ずっと先」は、もう過去のことになっている。

 「いつまでも」とか「ずっと」とかいうことばは、
 口先で言うのは簡単だけれど、あんがい2年とか3年、
 せいぜい10年くらいを意味しているかもしれない。
 そう考えた人たちが、それじゃいやだ、と。
 できるかぎり正直な「いつまでも」を、
 具体的に提示したのが、これらの歌のコンセプトだ。
 つくったときには、時間がどんな速度で過ぎていくのか、
 本人たちは知らなかったのである。
 「30歳以上を信じるな」ということばがあった。
 実にスカッとした、思いきりのいいことばだ。
 しかし、これを読んでいる30歳以上の方々なら、
 とっくにおわかりのことだと思うけれど、
 「30歳以上を信じるな」と言ったとたんに30歳になる。
 まさか、小学生とかはこういうことを言わないだろう。
 いちばん、こういうことを言うのは20代の若い人たちだ。
 だから、10年も経たず、あっという間に、その
 「信じちゃいけない年」の人になってしまうのだ。

 光陰は矢の如しである。
 想像もしてなかった年齢に、すぐなっちゃう。
 想像もしてなかった土地でも人間は暮らせるように、
 想像もしてなかったじぶんとして、人は生きられる。
 ただ、なんとなく想像してなかったので、勝手がちがう。
 64歳を過ぎたポール・マッカートニーは、
 ステージで『When I’m Sixty-Four』を歌うけれど、
 歌われている主人公と、じぶんを重ねてない気がする。
 森高千里さんは、あの歌を、どんなふうに歌うかなぁ。
 無理にまとめてみよう。
 つまり、その、「先のことなどわからないものさ」。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「こどもの日」、祝われている期間は、あんがい短いのさ。

15年

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気がついたら、出会って15年。

15年前は、ふたりとも美大受験を控えた高校3年生でした。

まさか浪人するなんて、思ってはいたけれど、

まさか結婚するなんて、思いもしなかった。

ハーレムシェイクってみた。

バカって真剣にやるから楽しいんですね。

今、YouTubeでは奇抜な格好で仲間たちと踊りまくる動画が、世界で大ブームになっている。ブルックリン出身のDJで音楽プロデューサーのBaauerの「ハーレムシェイク」に合わせ、自由に踊るというだけだが、これが学校や職場などで大人気のようだ。特にルールはないようだが、「開始15秒間は一人がゆったり踊る」「曲調が変わった後半15秒以降、それまで静かだった周囲がやおらノリノリになり、思い思いに踊る」というもの。

今年2月ころから一気に増えた投稿動画のなかには、数百万回を超えて再生されたものも多数あり、その流行ぶりは海外のニュース番組でも取り上げられている。

web R25より抜粋)

 

旬は2月頃だったかと思いますが、遅れること2週間、僕らもやりました。

僕は大仏と途中の般若をやってます。TEDは会社の後輩、アイドル般若は某お堅い出版社のSさん、アイドル般若に刺されているボンデージ男はカメラマンのAさん、ボンデージ落ち武者は大学時代の友達K(何も聞かされずに集まってこのノリノリのダンス!)、グンゼ落ち武者は幼稚園と高校と大学の先輩・ちくりん。彼は発起人でもあります。デザイン会社の社長です。

参加したのは合計6名ですが、途中で入れ替わりがあり、4人セットと5人セットの2組に分かれて撮影しました。渋谷の某カラオケ店で、午後7時から午前5時まで‥‥。

・機材と衣装はケチらないこと。

・被り物は人を解放させること。

・前後のレイヤーか動きの緩急を作らないと貧相に見えること。

・現場での仮編集がみんなの気持ちをひとつにすること。

・ガリガリは絵になること。

・練習すれば人は成長すること。

が分かったことが、今回の収穫でした。

 

hsそれにしても、海外で流行ってることって日本での流行と違ってちょっとひと手間が要るものが多いのですが、そのひと手間(TEDのかぶり物を仕入れるとかダンスの呼吸を合わせるとか)が文化祭前夜みたいで楽しいんですね。お祭りと一緒。ハロウィンみたいなもんだなと思いました。だからクオリティはもっと上げられたかなー。

我を忘れてジャンプしながら、得意不得意や身長を計算して配列を替え、テンションと集中力を高めて何回も反復する。小学生の時にクラス対抗でやってた長縄の放課後の練習を思い出しました。

 

みなさんおつかれさまでした。

2003→2013 生きてます。

休みが長いと私事ばかり書いてしまうのは僕だけじゃないようです、いろんなBlogを読んでいると。プライベートに割く時間が増えるぶん社会との接点が減ることと、お正月はふだん会う人と会わなくなったり帰省したりするから内省的になるんでしょうね。自伝を書くなら正月休みがぴったりです。

 

で、私事ですが2013年はBlog更新歴10周年

10年前の2003年はBlog黎明期でした。TwitterやFacebookはもちろん、YouTubeもGmailもない当時、Blogは文明開化の音がする新しいツールでした。個人がメディアを持てる!ともてはやされ、数々のBlogサービスが雨後の筍のように誕生したものです。

apple_powermac_g4Photoshop 7がCS1になったばかり。Power Mac G5に256MBのメモリが積まれていた時代です。僕は2000年に父から大学の入学祝いで買ってもらったG4を使っていました。

「美大生はアレか?Macintoshか?」

Windows95に興奮し、PCの自作を趣味とする父にはMacは「生ぬるいスカした野郎」だったかもしれません。なのに美大生=Macという正しすぎる固定観念をどこから得たのか、当時42万円もした“玩具”をねだることもなく買ってくれたのでした。母は反対してましたが。

2003年頃の自宅アパート。書棚には『広告批評』とアラーキーの写真集と椎名林檎のCD。
2003年頃の自宅アパート。書棚には『広告批評』とアラーキーの写真集と椎名林檎のCD。

 

いまとなってはiPhoneよりも低スペックなG4 500MHzを相棒に、630万画素のEOS 10DとPENTAX67という2kg以上する中判カメラを持って作品作りに没頭していました。機材だけは一人前。資金繰りが大変だったので居酒屋やテレアポのバイトで汗を流してました。

大学では映像学科で写真を専攻していたので、アパートに暗室も作っていました。フィルムカメラとデジカメの両方を行ったり来たりしながら、そもそも写真家になりたいのかそうでないのかを決めかねずにシャッターを切る毎日。

ある日、デジタル写真の授業で、作品の発表先としてWebサイトを作る課題が出ました。

FlickrもInstagramもない時代。Dreamweaverを使って先生のソースコードを見よう見まねでサイトを作り、Photoshopでリサイズした写真をアップする。画面に出る。他のマシンでも出る。すごい!世界に発信されている!外国人から感想が届く!(実際、サイトの写真をきっかけに韓国の女性と会いました)

思えば、これが僕のWebとの「作り手としての」最初の出会いでした。
そんな写真を発表するためだけに作られた個人サイトにBlogを付けたのは、親からの要請があったから。

 

この1年前の2002年、22歳の僕は大病を患い1ヶ月以上入院していました。

 

病床から。
病床から。

 

1本数万円する注射を毎日打ち、抗がん剤とおなじ副作用をもたらすと説明を受け、眼の裏側の毛細血管が出血することで起こる失明の不安におびえる日々。みるみるうちにベッドから立てなくなるほど体力を奪われました。髪の毛が抜けなかったことは幸いでしたが、治すための薬で身も心も衰弱するとはどういうことだ?と見知らぬ天井に訴えかけていたことはいまでも忘れられません。

最初の外出許可が出たときに、いまの妻と青山ブックセンターに行ってTUGBOATのトークショーに参加したのはいい思い出です。写真家という漠とした将来像とは別に、広告の世界が常に輝いて見えていました。タクシーから降りた瞬間にぶっ倒れてしまいましたが。

 

1ヶ月を超える入院期間を経て通院に切り替わったその年の冬。
大学には休学手続きを出し、みんなが大学に通っている間に雑誌『広告批評』が主宰する「広告学校」に通ったり、妻(になる人)の作品作りの手伝いをしたり、写真を撮ったりしながら悠々自適の生活を送っていました。

ところがある朝、週3回に減らした薬の副作用がどっと噴き出し、ラッシュアワーにとある駅のホームで倒れて線路に落下。

正確には副作用が農に総攻撃を仕掛け、幻覚を見るようになって、まるで操られるかのように明確に「死のう」として飛び込んだのです。
幸いにも、頭の中ではホームに入ってきたはずの電車は走っておらず、近くにいた3人の方々に助けられました。

幻覚の中にいたのに、その当時の出来事はかなり克明に覚えています。あまりにもネタが豊富にあるので、詳細は別の機会に書きたいと思います。親戚から「小説として出版したら」と言われるほどの数奇な体験です。

ハッキリ言えることは、僕の自殺未遂はすべて副作用のせいであり自分の意思ではないということ。事実、この薬によって年間数名の患者が自殺しているという記事も入院中に読んで知っていました。なにかに操られて死へ突き進む人がいる。それがまさか自分になるとは。

話を戻します。

警察に保護された僕は興奮状態で、真っ先にドラッグ中毒を疑われたそうですが、取調中に気絶して今度は救急車に運ばれ、そのまま入院。見知らぬ病院で20日間の混迷状態を彷徨い、ある日の日中に突然「生還」しました。

「息子が20日間も目を覚まさなかったってどんな心境だった?」

後になって母に聞いたところ、母は僕が植物人間になることも覚悟しろと宣告されていたそうです。そりゃそーだよね、20日間も目を覚まさないんだもの。

話を飛ばします。

 

死の淵から蘇った翌年、また大学3年生として復帰。
そしてデジタル写真基礎というデジカメとDreamweaverを使う授業に繋がるわけです。

自分の写真を誰にでもなく気軽に公開する場を得た僕は、それを田舎の親に見せようとWebサイトの存在を知らせました。その時、Blogを書いたら?と提案されたのです。

理由は「生存確認」。

ただ写真をアップするだけじゃなく、日々の出来事を書いてくれていれば安心する。読者でいさせてくれと。もともと日記は小学生の6年間ほぼ毎日欠かさず書いていたので、抵抗もありませんでした。

まだまだ未熟です。

分からないことと知らないことが混在しています。

分からないことを明らかにするために、日記を書くことにしました。

Die Another Day
別の日に死ぬ

「今日はまだ死んでない」という意味らしい。

まだ生きている間の日記。

生きている間のことを、書こうと思う。

初めて書いた日の文章が暗いのは、まだ自分を幽霊かゾンビのように思っていたからかもしれません。これでは親は余計に心配するわ。

 

よく「Blogの集客力をアップさせるには、1テーマに絞り込み、タイトルは内容を15文字程度で要約し、読者の役に立つことを書くように心がけよ」などのTipsがブロガーさんから発信されますが、僕のは事の発端からしてこんな感じなので、テーマもバラバラ、タイトルも不親切、役に立つこともナシです。心がけていることといえば、専門的なことは砕いて書く。読者の親でも分かるように。

何ヶ月も更新しないときも何度もありましたが、とりあえず10年目。
これからも「生きている間のことを、書こうと思」います。

 

追伸。おかげさまで身体はすこぶる健康です。この正月は帰省せずにすみません。

2012→2013

あけましておめでとうございます。

今年のお正月は実家にも帰省せず、東京で夫婦水入らずの日々を過ごしています。

昨年、2012年は自分にとってとても大きな意味のある一年でした。

7月に約6年3ヶ月勤めた会社を辞め、8月からBIRDMANに転職。
コピーとももクロをこよなく愛する後輩のがんばりに助けられ、前職で培った信頼関係も追い風となり、そして舞い込んでくるユニークな案件に刺激され、文字通り生活が一変しました。

夏の社員旅行と冬のケミカル鍋。これだけ見るとすごい遊んでる‥‥。
夏の社員旅行と冬のケミカル鍋。これだけ見るとすごい遊んでる‥‥。

人数が少ないぶん、自分の動きが会社に与える影響力の大きさと責任を実感しながら、日々「頭のスポーツ」をやっています。どこの筋力が弱いのか、どの競技に苦手意識があるのか、自分なりの課題も見えてきました。もっと自分で仕事をつくっていきたい。

 

同じ7月は初の海外ひとり旅も敢行。どこに書いたか忘れましたが、2012年のMyテーマは「旅」だったので、NY旅行と転職というふたつの旅を果たせたことは嬉しい。

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JAZZ、ART、MUSICAL、そして街そのもの‥‥NYで得た刺激はまちがいなく一生モノです。

 

さらに7月25日、この日のことは一生忘れないよ。
PerfumeのMusic Videoにエキストラとして“出演”しました。

 

円形のステージを囲む観客の最前列、しかも、かしゆかの目の前!
この中央ちょい右で人差し指を突き上げているのが僕です。

LIVEにはもう10回以上足を運んでいますが、本当に彼女たちは存在していて、全身で表現してこの熱量をつくり、パッケージ化して全世界に送り届けているんだ。そんな当たり前のことをこの目で目撃できた感動。しかもその一片に参加できた!

またとない機会を与えてくれたチームPerfumeに感謝感謝感謝感謝感謝‥‥。
Perfumeの裏方を垣間見て、関わるスタッフさんたちに嫉妬も覚えました。いつか仕事したいなぁ。

 

まとめのtogetterはこちら

 

去年は7月に充実した出来事が多すぎました。今年はもう少しまんべんなく盛り上がる月をつくりたい。思い出せるようにBlogももうすこしマメに書きたい。本年もよろしくお願いいたします。

ワイフのつぶやき

妻の言うことが面白くて、よくTwitterに投稿します。
そのたびに叱られます。

「あなたは私のスポークスマンか」
「私のイメージがこれで付いちゃう」

妻はとても優しく気の利く人であることを
お断り(フォロー?)しておきつつ、
過去にツイートした中から面白かったものをピックアップします。

 

ゲイだらけの小室哲哉ナイトに参加してきた妻。「会場のスモークがすごくて、でもスモークなんて焚いてないんだよ。ぜんぶガチムチたちの蒸発した汗なんだよ。ガチムチミストサウナだよ」
(2012年12月24日)

 

リビングで「眠い…」とつぶやいたら、妻に「寝たいなら帰れよ!」と叱られたが、どこへ…?
(2012年11月27日)

 

ベンザブロックのCMに要潤が出た瞬間、「僕はアゴから」とつぶやく妻。
(2012年11月23日)

 

ティム・バートン監督『フランケンウィニー』のCMを見た妻が「腐乱、犬、か」とつぶやいた。
(2012年11月18日)

 

すごいシーンだったので妻に「テレビ見て見て!」と言ったが一切首を動かさず「むしろ見て私のこの見なさっぷり!」と返された。
(2012年11月10日)

 

先の長い議論に疲弊しているところに、渋谷で遊んでいる妻から電話。「仕事どんな感じ?」「だいぶ煮詰まっているよ…」「ふーん、でも煮詰まるって本当はいい意味のときに使うんだよ」「え」「いい議論や考えが出尽くしたって意味らしいよ本当は!だからがんばれ。私はご飯を食べに行くよ。じゃ」
(2012年10月13日)

 

ジャニーズJr.がたくさん出る某番組を見ながら「ワタシ江戸時代に生まれてたら絶対に歌舞伎と浮世絵にハマってたわ」と自信たっぷりの妻。
(2012年07月9日)

 

外で仕事する妻に手を振ったら「いいか 私とお前は今初めて会ったんだ けして話しかけるんじゃない わかったな!」ってメールが来て震えている。
(2012年4月28日)

 

奥さんの会社に、佐藤健くんが大好きな社員さんがいるという。 「最近その人に何か聞くたびに「左様か」って言われるようになってさ、私は『るろうに剣心』を観たんじゃないかと踏んでるんだけど、「左様か」って言われるたびに「そうでござるよ」って返してる」
(2012年9月02日)

 

僕「あした嵐来るって」
奥さん「どこに?」
僕「東京」
奥さん「全員で?」
僕「え」
(2012年4月03日)

 

ディオールの服を衝動買いしたと奥さんに告白したら、「アホか!ユニクロを着てもアニエスに見える男になりなさい!」と言われた。
(2012年2月13日)

 

Sma STATION!の月イチゴローで吾郎ちゃんがリチャード・ギアのことを「何の作品に出てもリチャード・ギアはリチャード・ギアにしか見えない」と言ってて、それを見た奥さん「キムタク批判かな?」
(2012年2月13日)

 

ユーキャンのCMを見た奥さん「向井理は今年もまだ資格取れてないのか」
(2012年01月2日)

 

初めて『家政婦のミタ』を見た奥さんが忽那汐里(長女)のことを「かわいい朝青龍」と言ってた。
(2011年12月16日)

 

頭痛に苦しんでいる奥さんがいよいよ「あがっ…あがっ…」って言い出したので駆け寄ったら「ドラゴンボールの物まね…」と言い残して目を閉じた。
(2011年12月10日)

 

保存料・合成着色料は一切使用していません、と謳うコカコーラのCMを見た奥さんが「使ってなくてあの味って逆に怖い!」と言っていて妙に納得した。
(2011年4月3日)

 

奥さん:「今さぁ、例え話で、もし結婚してたら って言いかけたよ。びっくりしたなぁ」
(2010年11月15日)

 

髪を切った。鏡の奥に映る台で、見覚えのある女性がカットしていた。よく見ると妻だった。初めて同じ時間に遭遇したようだ。ザクザク切られる彼女の前髪の向こうの眼が、鋭くこちらを凝視しているのが分かる。互いの口元がニヤリと歪む。美容師さんにばれないように歪みをそっと戻した、互いに。
(2010年7月19日)

ニューヨーク旅行記 Vol.8

またまた休憩中だったニューヨーク旅行記を再開!
前回は滞在4日目、7月18日のSOHOでの出来事から書き始めたのでした。
そうでした(読み返して思い出す)。

 

気がつけばもう10月。いくらなんでも、この調子では夏の旅行記を半年かけて年内に書き終えるかどうかの瀬戸際です。あぁ筆無精。

 

・・・・・・・

 

Apple Store SOHOを出てひたすら歩き、ワシントンスクエアへ。
ここも大好きなドラマ『glee』のシーズン2で出てきた場所です。

[vimeo http://www.vimeo.com/46464345 w=570&h=342]

(この動画を貼るのも2回目)

 

それにしても、今回の旅は初日の夜にスコールが降るだけで、あとは晴天に恵まれてラッキーだな〜

と、公園のベンチに腰掛けたそのとき、

ゴロゴロ‥‥

 ピカッ

  どんがらがっしゃーん!!!

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あれ?たった数分で

 

なにこのインディペンデンス・デイ。

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青空は一気に厚い雲に覆われ、大粒の雨と雷が容赦なく降ってきます。

とりあえずワシントン・アーチの下へ避難ッ!

フランス人の家族連れ、イタリア系の団体さん、地元のミュージシャン、そして日本人の僕が狭いアーチの下で身を寄せ合うようにしてただ荒ぶる自然の猛威を見守ります。上半身裸でサッカーに明け暮れていた黒人の青年だけが、激しい雷鳴の下でもお構いなしにリフティングに興じています。なんかかっけーな。

 

その時の模様をデジカメで撮影しました。

[vimeo http://www.vimeo.com/50481953 w=580&h=327]

みんな呑気だな。むしろゲリラ豪雨を楽しんでる。

 

そうこうしているうちに雨はなんとヒョウになり、地面を叩きつける!さすがにカメラを構える余裕もなく寒さで震えていると、斜めから猛スピードで降ってきたゴルフボール大のヒョウが僕の頭を直撃しました。うん、痛い。こういうとき、一人旅の寂しさを実感します。「いったーい!」と言ってもリアクションしてくれる相手がいないから。

結局、日本で待つ(待ってはないか)奥さんに買ったサンダルの紙袋も箱も雨に溶かされむき出しになるほど、全身ずぶ濡れになってホテルへ退散。その日はMoMAへ行く予定をあきらめてシャワーを浴びて寝ました。

 

そうそう、そういえば、cafe Habanaで焼きトウモロコシを堪能したりSOHOの歴史的建造物を見て回ったりしていたときにApple Storeで発見した「明日、Gleeのクリス・コルファーが来店するよ」の立て看板。その後日談を。

翌日、ちゃっかり行って見てきました、生カート(Gleeでの役名)を!!

 

[vimeo http://www.vimeo.com/50462486 w=580&h=326]

 

何を言ってるのかわかりませんでしたがウケてたからよかった(誰目線だよ)。

ドラマでもリアルでもゲイのクリスですが、女性ファンからの羨望のまなざしがまぶしかった。そりゃこれだけ気さくでかわいかったら惚れるよね。

 

というわけで、NY旅行記、唐突に終了。
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。

沖縄へ。2012

ぼくが旅に出る理由は だいたい100個くらいあって〜♪

9月8日(土)〜10日(月)にかけて、社員旅行に行ってきました。

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高い空、
碧い海、
置いてきた日常と〆切。

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旅の目的地は沖縄本島と慶良間諸島。

初めはすこし戸惑いもありました。

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入社して1ヶ月なのに、いいんだろうか?と。

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でも

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そんな遠慮は

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那覇空港から出るシャトルバスの中に捨ててきました。

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むしろ顔と名前が一致しかかってきたこの時期だからこそ

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ぐっと近くなれるイベントがあってよかった。

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東京に戻ったら、
かつお節のように舞う日焼け跡の皮をめくりながら、
ますますいい仕事ができそうです。

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本心はもちろん、戻りたくないよ!

ニューヨーク旅行記 Vol.7

だいぶ間をあけてしまったニューヨーク旅行記を再開。

ようやくVol.7ですが日付的には4日目、7月18日の朝から。
SOHOに行ったときのお話です。

 

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渡米する前にマリエの『another sky』(旅番組)で見たcafe Habanaの焼きトウモロコシが完璧に脳裏にプリントアウトされていて、しかも今回の旅で大活躍だったエッセイ『ニューヨークおしゃべりノート』でも魅力的に紹介されていたので、こりゃ行くしかない!

 

NYのおしゃれスポットSOHOへ出向いた目的はファッションでもアートでもなく、チーズがたっぷり乗った焼きトウモロコシでした。熱で溶けかかった粉チーズとチリパウダーのしょっぱさがトウモロコシ本来の甘みとちょうどよく絡み合い、口の中にふんわり広がります。う、旨すぎる!

 

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一緒に頼んだタコスもうまい。

 

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ウェイトレスさんはまったく愛想がないけれど、それもまた「ぽい」と肯定的に捉えてNo problem。
2つで$15で、$20札を出してもお釣りが来ないのはチップ代ってことね?と肯定的に捉えてNo problem。

 

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SOHOは歴史的建造物の残る地区というだけあって、歩いているだけで楽しい。日本でいえば京都のような感じかもしれません。あ、でもギャラリーとブティック(COACHやDior、miumiuなどの路面店)が点在している感じは代官山っぽい。

 

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木漏れ日が気持ちいい。返す返すも一人旅なのが残念。

 

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壁のラクガキ?もおしゃれ。

 

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空き店舗もアーティスティック(?)。

 

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ここでも『THE DARK KNIGHT RISES』が、赤煉瓦の上にペンキで。

 

ひとしきり散策したらニュー・ミュージアムへ。

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日本人の建築家ユニットSANNAがデザインした建物がまず鑑賞品として見応えアリ。歴史的な建物とは一線を画すデザイン、館内の色使いも蛍光色が大胆にあしらわれていてカッコイイです。

展示のなかでは、風船がただ風に押し上げられて腰の高さぐらいに留まっている作品が気になりました。

 

すぐ近くのチャイナ・タウンも散策。そのまた隣のリトル・イタリーまで行けば映画『LEON』の世界を堪能できたんでしょうが、そろそろ足が棒になってきたのでおとなしく地下鉄へ。

SOHOの中心部(?)、Prince Street駅に引き返し、そこからすぐのApple Storeに立ち寄ってみました。

 

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郵便局の跡地にオープンした店舗らしく、もともとの石造りとApple Storeらしいガラスのコントラストがステキ。しかも大きなドアを押し開けて店内に入ると、天井が吹き抜けになってる!置いてある商品は日本と同じラインナップなのに何この高揚感。

 

天井もガラスで、外観の重厚さとは打って変わって開放感たっぷりの店内。
天井もガラスで、外観の重厚さとは打って変わって開放感たっぷりの店内。

 

IMG_1274と、そこに立て看板が。

えっ!?

クリス・コルファー来店!?

しかも明日!!

処女作の児童書を朗読しに来る?!!

 

クリストファー・ポール・コルファー(英語: Christopher Paul “Chris” Colfer、1990年5月27日 – )はアメリカ合衆国出身の俳優、歌手、脚本家、作家である。米国フォックス放送で放送中のドラマ『グリー』のカート・ハメル役で知られる。役での演技が高く評価され、2011年の第68回ゴールデングローブ賞において最優秀助演男優賞を受賞した。 同年に米国タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出される。

(Wikipediaより)

 

『Glee』のカートが明日ここに来るんかい!

シーズン1、シーズン2とBlu-rayを買ったほどハマってるドラマの人気俳優に明日会える!ってことです。前日にあった、ブロードウェイで米倉涼子と遭遇したことも霞むほどの奇跡!

 

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というわけで、つづく。
次回はカートを至近距離で拝んできた件について。

ニューヨーク旅行記 Vol.6

今回は、ブロードウェイで女優・米倉涼子と遭遇した話。

 

ナショナル9.11メモリアル(追悼記念公園)の近くを歩いたあとは、地下鉄でサウスフェリー駅まで移動。スタテンアイランド・フェリー乗り場から、乗車賃が無料のフェリーに乗って自由の女神を見物します。

どんどん小さくなってゆくマンハッタンの街並み。新しいWTCビルも早くもNYの顔になりつつあります。

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じつは自由の女神を見ることは予定に入ってなかったのだけど、前述の「学生時代にNY旅行に行った友達」からTwitterで

「WTCに来てるんだったらフェリーに乗って自由の女神も見るといいよ」

と教えてもらい、素直に従いました。
でも女神の足下に行く便ではなく海から眺めるだけのフェリーを選択。

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フェリーでただ往復するだけでもじゅうぶん楽しめます。映画『ダークナイト』のフェリーのシーンを思い出しつつ‥‥(厨二病的ツアー続行中)。

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この風景は『グランド・セフト・オート4』で見た。ゲームも映画もリアルも“ない交ぜ”になる街。

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市庁舎のCity Storeでおみやげを購入。この建築デザインは圧巻。

 

日が暮れてからは、初日に立てた旅の計画のひとつ、ブロードウェイミュージカルへ。

当日券が格安で販売されるTKTS(チケッツ)に並んでみるものの、とくに目当ての作品があるわけでもなかったので、映画で見たことのある『CHICAGO』をチョイス。2階席で$80でした。半額でもこの値段。

– 8:00 pm

だいぶ慣れた地下鉄で家族連れに路線を聞かれて「あー、それならあっちですよ」と答えられるほどになって油断していたのか、アンバサダー・シアターへ向かったつもりの路線を間違えてしまいました。三鷹から吉祥寺に行きたかったのに中央特快に乗って中野まで行ってしまうレベルの大ミス!結局、開演後10分の遅刻。

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チケットを提示して入れたものの、大柄な黒人女性のスタッフは「これだから観光客は」と言わんばかりのあきれ顔。指示されるままに劇場の最後列からショーを見ていたら、突如「Come here.」。ミュージカルシーンが終わったと同時にそっと座席へ案内されます。大柄な黒人女性の背中をすり足で追って行くと‥‥

あれ?2階席じゃなくて1階だよ?しかも前から‥‥5列目!?これ、プレミアシートじゃない?いいの?

「いいから座れ!」

暗がりの客席で、大柄な黒人女性の目と口の動きが確実にそう訴えていました。はいはいはい。なんだか知らんけどラッキー!

 

2時間半におよぶ『CHICAGO』を前列ど真ん中で観劇。最高!ブラボー!みんな芸達者!(当たり前)

幕間の休憩時間中に「これは日本版でロキシー(主人公)をやってる米倉涼子も観た方がいいよな〜」なんていらぬお節介が頭をよぎりながら(←本当)後ろに振り向くと、斜め後ろに

米倉涼子!!!!!!!!!

まさにロキシーと見まごうばかりのセクシーな黒いドレスに身を包んだ女優・米倉涼子が、隣の女性と「やばい!すごい!」を連発していました。

‥‥こんなことってあるか?
かつて赤坂で少女時代に会ったときと同じくらいの、“出来すぎた遭遇”。しかもアメリカで。あとで知ったことですが、米倉涼子もこのアンバサダー・シアターで『CHICAGO』を演じたらしい。『情熱大陸』でやってました。

最高のショーを堪能したあと、先に席を立った米倉さんがさっきまで座っていたシートに座ってから劇場を出ました。あとでFacebookに書き込んだら「Japanese HENTAI」と言われました。I know.

大好きな女優さんってわけでもないのですが、やっぱりドキドキするもんですね。
どこでもいいので、いつか深津絵里さんとお会いしたいです。

 

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そんなこんなで、外に出るとミッドナイト・タイムズスクエア。

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やる気のない偽ミッキー。

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胴まわりが怪しいアイアンマン。
素材で言うならダンボールマン。

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夜もたまらぬ『THE DARK KNIGHT RISES』。

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くらくらしながらホテルにチェックイン。
ロキシーと摩天楼にすっかり心を奪われたまま、眠りにつきました。

Vol.07へつづく

ニューヨーク旅行記 Vol.5

ニューヨーク3日目。

オーガニック系のチェーン・PRETで腹ごしらえ。サッパリしてておいしい。一人旅なのでごはんはとにかく質素に!お金をかけない!

とりあえずお店に入ったらまっ先に「For here please」(店内で)というクセはつきました。あと、学生時代にNY旅行に行ったことのある友達から

「英語がどんなに正しい文法でも伝わらなくて、おかしいなーと思ったら私の声が小さかったんだよね。だから声を大きくね!」

とアドバイスを受けていたので、気持ち大きめに。たしかにこのアドバイスは正しいと実感すること多し、でした。

 

それにしてももう予定の折り返し地点だなんて!まだ何も見てないよ!と焦りを感じつつ、初めて観光バスに乗車。

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観光都市だけあってバスツアーも充実していて、歩道で係の人からチケットを買ったら48時間以内は乗り降り自由!と書いておきながら実際は1回しか乗らなかった。もったいないことをした‥‥(しかも$45と高い)。

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座ったまま移動する乗り物ってステキ。

タイムズスクエアからスタートして、ダウンタウン(南)へ。

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目にする広告といえば『THE DARK KNIGHT RISES』かSAMSUNGのGALAXYばかり。自動車のビルボードも目立っていたのはヒュンダイ。日本ブランドの存在感は工業・エレクトロニクス系ではなく無印良品やユニクロなどの衣料・生活用品系でしか感じられなかったのが興味深いです。ここをブランドのオリンピック会場と捉えると、日本企業の代表選手は変わってきているのだなーと。

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あれ?座席が‥‥

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ガチャピン?

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1902年の建設当時はこれでも世界で一番高かったというフラットアイアン・ビルからSOHOを抜けて、いよいよロウアー・マンハッタンへ。ワールド・トレード・センタービル跡地がある場所です。

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来年完成予定の新しいWTCビル。の後ろを飛行機が横切る。もちろん飛行機は飛びつづける。

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たぶん新WTCビルを建設しているであろう作業員の人たちにまじって、教会のベンチで休憩。

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つづく。次回はいよいよブロードウェイミュージカルです。

くるり 代々木公演フリーライブ

ニューヨーク旅行記はいったんお休み。

 

7月31日、くるりの新曲発売の前日ということで、代々木公園野外ステージにてフリーライブがあったので行ってきました。

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午前中にたまたまTwitterで知り、へえ〜、いいなーくらいに思ってはいたものの行く予定はとくに立てず、ジムで1時間走って、夕方に訪れた渋谷のタワレコで「あと30分ではじまる」ことを再度知ってチャリで突撃。

CDをフラゲした人1,000人には優待席が設けられていましたが、その外にも大勢のお客さんがすでに新生くるりの登場を今か今かと待ち構えていました。ナタリーの記事によるとその数5,000人。

フリーライブっていいな。生のパフォーマンス目当てに夕方の5時前から陣取る学生さんや、会社帰りに立ち止まるサラリーマン。缶ビール片手に楽しんでいる人も多い。

新曲2曲に加えて、「トレイン・ロック・フェスティバル」、「ばらの花」、「ブレーメン」、9月に出るアルバムから「crab, reactor, future」、「ワンダーフォーゲル」、そして、せっかく東京に来たからと「東京」を披露してくれました。これがフリーだなんて!

夕日のオレンジ色が岸田さんの声をさらに伸びやかなものにしてくれるような、ライブの高揚感をさらに高めてくれます。

 

ニューヨークのセントラルパークでも、夏はさまざまなフリーライブが開催されます。つかの間の贅沢が街に転がっているなんてステキだなぁ。こういう機会がもっと当たり前にあるようになるといいなぁ。働いてたらまず行けなかったでしょうけど。

アンコールで新曲「everybody feels the same」を改めてパフォーマンスしてくれて、お客さんも含む全員で大合唱。everybody feels the same!everybody feels the same!

一瞬で観衆の一体感をつくりあげる音楽と岸田さんの透明感のある声に嫉妬しながら、ジム帰り、PerfumeのツアーTシャツと首からはBerryz工房のタオルという出で立ちでぼくもシャウトしました。