企画とチーム。

ほぼ日で糸井さんが興味深いことを書かれていたのでメモ。
「今日のダーリン」は翌日には消えてアーカイブされないので、勝手にコピペしておきます。

 

・社内のあるミーティングで、
 「企画力とかって、問わないほうがいいんじゃないか」
 という意見があった。
 ほう、そりゃまた大胆なご意見
 ‥‥と思ったけど、続けていわく。
 「ひとりが、これはいい企画だって出すものって、
  年に1本とか2本とか、そういうものですよね。
  企画って、集めようとしても出てきたことないです。
  なんだかふわふわした、逆によくありそうなことを、
  こんな企画はどうでしょうって言われても、
  なんかどうしょうもないんですよね」
 たしかに、そういうことは言える。

 すっごい企画というものを、提案されたことがあったか?
 「よくありそうな思いつき」が、
 運よく実行力のあるチームの目にとまって、
 叩かれたり、伸ばされたり、ひねられたりして、
 やっとおもしろいものとして実現するくらいだろう。
 
 逆に、「企画」なんて立派な名前がなくても、
 「相撲って、もっとおもしろかったよね」だとか、
 「このことって、困ってない?」とか、
 「あれ、なんでつまらなくなったの?」とか、
 なにかを感じて、それについてわいわいと、
 どうにかしたいと話し合って、
 考えをごろごろ転がしているほうがなにかが生める。
 ふつうの人として「感じる」ことと、
 感じたことを話し合って「転がす」ことができること。
 これがあったら、たしかに
 「企画力があります」なんて能力はいらないかもよー。
 
 よくよく考えてみれば、iPodにしてもiPhoneにしても、
 「どういうのがほしいんだろう」というお題を、
 真剣に「パス回し」して出来たもの、とも言えるよね。
 むろん、ひとりが考え抜いた起爆力というものも、
 ないわけじゃないのだけれど、
 いま、ほしいのは「企画力」という<能力>じゃなく、
 「感じる&転がす」の<性質>かもしれないね。
 弊社には、結果としての「企画」はありますが、
 それは「企画力」の結果ではありません‥‥かもね。

 

なるほど。

たしかに、「すごい企画」というのは年に数えるほど。
いや、そこまですごかったっけ?あれ?

プランナーという商売柄、企画とは常に向き合います。
その手前にやる「ブレスト」が企画の要になってきます。

ブレスト:ブレインストーミング。
脳みその中をごそっとテーブルにひろげて、みんなで「パス回し」する行為。
これが楽しく進めば、わりといい「企画らしきもの」になってゆく。とも限らないのですが、楽しいことは入り方として大前提です。

 

楽しいパス回しができたチームを大事にしよう!
と、最近とみに思うようになりました。

というのも、僕のいる会社は案件ごとにチームが編成され、ブレストから企画書の作成、デザイン、提案、プログラミング、公開、運用‥‥などを、つねに別々の人たちと進めるわけです。一般的にもそうでしょう。ただ、200人もいる組織なので上手くいくチームとそうでない場合との差が激しい(「そうでない」の捉え方も人それぞれで違います)。

仕事とはそういうもんだと思っていました。
いつも気の合う人とだけやるなんて我が儘だと。

ですが、世の中で話題になっている仕事を立て続けにリリースしている人たちは、彼ら独自のドリームチームを結成しているようです。きっと「感じる&転がす」の性質が合う人たちでできているハズ。他のチーム編成で動くこともあるでしょうが、映画の黒澤組が黒澤映画を撮るときだけ結集するように、「ここはいっちょ、また集まるか」てな具合に。

そういうチームづくりが僕にもようやくできつつあります。

途中でトンズラする人や何も喋らない人はもちろんいないし、頭に思い描いたことが瞬時に伝わる。「あの映画みたいな感じに‥‥」と言うと「だと思って、こんなのはどう?」と先回りしてイメージを見せてくれる。経験値が個人じゃなくてチームで蓄積されていくから効率がいいし。そもそも会社ってそいういう組織体なんですよね。考えてみれば。

 

話が糸井さんの語る内容から「転がして」しまいましたが、よーするにブレストがイイ感じに進んだチームは宝物にした方がいい。そして、自分ひとりの「企画力」を上げるための勉強よりも「パス回し」が気持ちいい人たちと一緒にいる方がいいかもよ。

すごくないことをわいわい語り合えてカタチに起こせるドリームチームなのだから。


投稿者: tacrow

伊藤 拓郎 / Takuro ITO (April 12, 1980~) 2006年 武蔵野美術大学 造形学部映像学科卒業。デジタル系広告制作会社を経て、2017年〜広告会社にてデジタル・プランナー/コミュニケーション・プランナー職