1997年公開の映画『もののけ姫』のキャッチフレーズ「生きろ。」
とても力強いこのコピーをはじめ、「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」(魔女の宅急便)、「4歳と14歳で、生きようと思った」(火垂るの墓)など数々の宮崎駿アニメのコピーを手がけてきた糸井重里さん。
そんなコピーライター・糸井重里と、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんとの「生きろ」を巡るやりとりが面白かったので書き起こしました。
ドキュメンタリー『もののけ姫はこうして生まれた。』より
ナレーション(以下 Na):鈴木プロデューサーは、絵コンテの重要箇所を書き取り、宣伝に応用しようとする。映画の結末がまだどうなるか分からないまま、映画のイメージを決定するコピーづくりに着手する。
鈴木敏夫プロデューサー(以下 鈴木):彼(宮崎駿)自身、そりゃ確かにラストシーンまだ分かってないですけどね、ラストまで話は(※脚本は制作と同時に進行していた)。とはいえ、まあなにしろ20年、僕は一緒にやってきましたんでね。そういうことで言えば、やろうとしていることに関しては、なんとなくは分かってたんですよね。
で、それを言葉にする作業ってのが必要なわけですよね。それで僕はそういうときに「糸井さんの力を借りたいんだ」と。ということで毎回ね、僕としては「こういう話なんだ」と。「さあ、コピーつくってください」と。「そのひとつのコピーが関係各自、みんなを支配するから」って。それでまあ、糸井さんにお願いしに行って、例の「生きろ」っていう言葉が出てくるんですけどね。ま、今回だけは糸井さんもそうとう苦労して(笑)。僕はいつも糸井さんからはねえ、「鈴木さんの仕事はありがたい」って言われてたんですよ。なんでかつったら、糸井さんが一回ポンっと出してくれるとね、僕だいたい一回で決めてきたんですよね。ところが今回は、なんと50本くらい書いていただくというね(笑)。
Na:その、苦闘の跡が浮かび上がる、ふたりのFAXでのやりとり。
鈴木敏夫のFAX:糸井重里様。コピーの一日も早い完成を 首を長くして待っています。3月21日。
糸井重里のFAX:6月4日。鈴木さま。いくら映画の進行が父として進まぬ状態だからといって、私までのんびりとしては池ませんでしたよね。やっぱり難しかったんです。(誤字は原文ママ)
おそろしいか。
愛しいか。本当は「おとろしい」の方がいいと思ったんですが、辞書に出てこないのであきら目ました。
おまえには
オレがいる。惚れたぞ。
ひたむきと
けなげの
スペクタクル。アカンかったら またやりなおします。日本語フリーハンドワープロの調子が悪くて誤字が多くてすみません。
鈴木FAX:前略 糸井重里様
宮崎も「ちがう」というし、小生もちがうと思いました。小生が気になっていた台詞はこれです。「そなたは、美しい‥‥」これ、宮崎駿が言っているという気もするのですが、如何でせう。この前糸井さんが「カッコイイとは、こういうことさ」も「タヌキだってがんばってるんだよォ」も、宮さんが言っているというのを思い出した次第。
6月18日。
糸井FAX:鈴木敏夫様
ちがうボタンを押しまくってしまいました。もののけ姫の観客の顔が、いつもより見えなかったので、柄にも無く悩んでしまったわけのように思えます。AとBが、私の考えた結論です。A
だいじなものは、有りますか。B
昔々は、今の今。その他に、
おまえは、まぶしい。
死ぬなっ。
それでもいい。私と共に生きてくれ。
ハッピー?
迷走する巨人(ファン)糸井重里
6月25日。
糸井FAX:もののけノイローゼです。
どうも他の仕事は進んでも、『もののけ姫』になると、く、く、苦しくなるのです。『もののけ』というキャッチーな言葉が良すぎるのかしら?「もーののけー!」というようなコピーでも本当は成立するようにも思いつつ、三度目の答案用紙を提出します。悪からでも善からでも、おまえを守る。
弓を誰にひく?!
あなたは、何を守る?!
なぜ、俺は生まれてきた。
7月10日。
糸井FAX:すいません、鈴木さんの原稿を読んで、また、もっと混乱してしまいました。今回はなんだかきついのです。1、作品の思想を表現し、2、集客を促す‥‥というふたつの目的が必須なのはわかるのですが、1の目的をズバリ表現しきることは難しい気がします。
生きろ。
LIFE IS LIFE !
化けものだらけ。
神々は、なつかない。
森には、おそろしい神々がいる。
暴と愛の嵐。
人間がいなきゃよかったのか。
わからなくっても、生きろ!
鈴木FAX:前略 糸井重里さま
生きろ。ぼくは凄くよいと思いました。
たった3つの文字なのに、そこに込められた時代性。イケルと思いました。宮さんも「近い!」とひと言。
鈴木FAX:「生きろ。」
この力強いコピーだと。宮さんもついに納得しました。迷い道に誘ったりしてスミマセンでした。これで前に進めます。
Na:もうひとつの悩める闘いが終わったのは、7月7日のことであった。
「生きろ。」と書かれたポスターが初めて出たとき、そのたった3文字に世間は驚きました。そして「たった3文字でコピー書いてお金もらえるなんて」と言う人も中にはいました。
でもちょうどこの『もののけ姫はこうして生まれた。』の中で、山犬モロに声を当てた美輪明宏さんがモロの生も死もあわせ持つ奥深さを表現する際にこんなことを言っています。
「構造が三重四重になってるから、突き詰めるとシンプルになるのよ。スポーン!と。七色の太陽光線が重なると白になるようにね」
たった3文字の「生きろ。」もそういうこと。で、その突き詰める過程にこんな茨の道があったのか、と。あの糸井さんもスルッと出ないことがあるんだと知って、ちょっと安心、したら、ダメなんでしょうね。
「糸井重里と鈴木敏夫の「生きろ。」を巡る往復書簡」への1件のフィードバック
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