木曜はゼミの日。
いま進めている作品は、
まだ草稿段階で見せられるものではない。
模型から始めて、徐々に形作る予定だが、気が乗らない。
模型なんてまどろっこしいことじゃなく、
早く実物を作りたいという気分がある。
それは段階を無視した無謀な考えだということも
さすがに承知しているので、手をつけないとマズイ。
草案では、とてつもなく大がかりでカッコイイ作品になる予定だが、
いったい幾らかかるのか、予算もまだ組めていない。
卒制で立体物を作るなんて、一年生の頃は想像出来ただろうか。
写真は素材の一つで使用するが、メインではない。
大事な要素の一つである。ただ、デジタル故の~とか、
銀塩の深みが~というのとは違う。どっちがいいということではない。
一年生の頃は、写真家に憧れたりもした。
けれど、今作ろうとしているものは写真とは呼べないし、
そもそも卒業してアーティストになる予定は、今のところない。
先のことは分からんので何とも言えないけれど。
ただ、何をやるにしても、昔から
人を驚かせるのが大好きだった。びっくりさせるのが。
子供みたいだけど、そういうことを続けたいと思う。
写真を撮っていると、自分でびっくりすることが多い。
先日の多摩川で見た波の動きも、単純だがかなり驚いた。
(6/15日記参照)
静止画では、あの波を撮影したところで驚きの記録には
なり得ないのだが、写真をやっていたからこそ気づけたことだ。
大好きな漫画家に高野文子という人が
いるんだけど、その人の作品はトーンが大人しい。
とても安穏としていて、一見、涼しげな短編が並ぶ。
だけど、時折、針で刺したような(刺すって好きだな)、
ぴんと張りつめた空気が走るコマがある。
穏やかな話なのに、はっとさせられることがある。
それは「びっくり」とは少し違うんだけど、そういう
鋭敏な心の動きを読む者に与えてくれるのは流石だと思う。
びっくり箱的なものじゃない、静かな発見。その波紋。
そんな驚きを、僕なりの作品で。
アウトプットはインスタレーションでも、
写真でも。何でも。
やっぱ、模型から作ろう。