アナログ

実施まであと2週間弱に迫っていたアメリカのテレビ放送の完全デジタル化が、「準備の遅れ」を理由に4か月先送りされることになりました。

アメリカ政府は、地デジ放送を受信できるチューナーの購入補助としてクーポンを支給していますが、申請の数が予想をはるかに超えたために予算が底をつき、今でも300万件近くが待機状態にあります。

さらに、既に支給されたクーポンの半数近くが使用されないまま、期限切れになっていたことがわかるなど、地デジに関する情報が十分に浸透していないことも問題となっています。

オバマ政権は、このままいけばアナログ放送に頼る低所得者層やお年寄りを中心にテレビが突然映らなくなり、混乱が懸念されるとして、クーポンの予算を景気対策法案に盛り込むなど、対策を急いでいます。

(TBSニュースより)

 

これって他人事じゃないと思う。
日本でも、残り898日で完全デジタル移行ができるとは
にわかには信じがたい。
「100年に一度の不景気」で消費は冷え切ってるし。

生活保護世帯や低所得世帯などには専用チューナーが
無料で支給されるらしいけど、そうでない人々は期限までに
地デジ対応テレビを買っていなければプツンと消えて砂嵐を
眺めることになるわけで、そんな横暴がまかり通ってるって‥‥不思議。

 

 

画面の右上に表示される「アナログ」の4文字が悲しい。
日に日に文字サイズが大きくなっていったら買い替えるかも。

プレジデント・オバマ

MacBook Proのメモリを2→4GBに増設。
だけどシステム上、実際に使われるのは3GBらしい。
劇的な変化は感じられなくて、微妙なCHANGE。

オバマ大統領の就任で湧くアメリカ。
ホワイトハウスのサイトにはブログが立ち上がり、
オバマさんの演説やら就任式の模様がYouTubeを
通して見られるようになっている。

[youtube=http://www.youtube.com/watch?v=OMdcBkJnnIY&hl=ja&fs=1]

何なんだろう、この人の聴衆を釘付けにする話しぶりは。
誤読まじりの日本語で話す某国首相とは比べものにならない。
英語のわからない僕も、なんだか期待を込めて聞き入ってしまう。

天野さんは「この人の演説には「音楽」がある」と評していたけど、
なんか分かるなー。ゴスペルも英語も疎いのに、なんか。

ストリートビュー考

「ストリートビューには100万枚ぐらいの写真が載ってると思うんですが、表札やらキスシーンやらが気になるなら削除依頼すればいいだけだと思うんですよねぇ。「100万分の1の写真が気に食わないからサービスそのものを廃止すべき」というのは言い過ぎなんじゃないかなと。

 「ネットを使ってない人は削除依頼できない」という話については、街中で誰かが写真を撮ってブログとかにアップしてるのと一緒で、知らなければ気にならないんだから気にしなければいいと思ったりします。撮られること自体が嫌だというのであれば、人前でキスとかしなきゃいいと思うのですよ。

 入っちゃいけないところに入ったりとか、高木浩光さんがブログで指摘していたようなところは問題で、そこは削除すべきだし、カメラの視点が高いので、塀があっても家の中を見られてしまうってのはまずいと思うので、普通の人の視点の高さにしたほうがいいと思いますけど、それ以外は大した問題じゃないのではと。

 大したことがないものをたきつけて文句を言って、自分の存在感を納得するみたいな文化がネット上にもあって、そこに見事にはまって「いやー、大変だな」と。世の中には文句を言うのが大好きな人がいるもんで、その人たちをまともに相手するのは大変だと思うんですけどね」

ITmedia ひろゆき氏と振り返る08年より。

 

僕の経験から言えば、
忘年会の居酒屋に迷わずたどり着けたり、
不動産物件を“下見”できたりと、実際に
ストリートビューを使って便利!なことが
何度かあった。

iPhoneからも使えるようになったのもうれしい。
リアルに外出先のストリートでビューできるのは
方向音痴の僕を救ってくれる。

 

たしかにプライバシー問題をはらんでいるんだろう。
けれど、今年生まれたこの利便性はもう後戻りできない。

マズローを読め!

風がひゅーひゅー吹き荒れている。

世の中、どこもかしこも暗い話題ばかり。

 

「マズローの欲求階層説」

生理的欲求
生命維持のための食欲・性欲・睡眠欲等の本能的・根源的な欲求

安全の欲求
衣類・住居など、安定・安全な状態を得ようとする欲求

親和(所属愛)の欲求
他人と関わりたい、他者と同じようにしたいなどの集団帰属の欲求

自我(自尊)の欲求
自分が集団から価値ある存在と認められ、尊敬されることを求める認知欲求 

自己実現の欲求
自分の能力・可能性を発揮し、創作的活動や自己の成長を図りたいと思う欲求

「欲求には優先度があり、低次の欲求が充足されると、
 より高次の欲求へと段階的に移行する」

(Wikipediaより引用)

 

ついこないだまでは
「自己実現欲求」や「自我の欲求」を
なんとなく探しあぐねていたと思ったら、

「ここ数ヶ月の急激な雇用情勢の悪化」で
「安全の欲求」「生理的欲求」を希求して
やまない状態になった。という感じがする。
この国は。

生きることが苦しくなると、
犯罪も増えるだろう、自殺も増えるだろう。

お正月くらいは「親和の欲求」に包まれたらいい。
それができないから大変なんじゃないか。という声が
いろんなところから聞こえてくる。…なにも言えない。

“Yes We Can”

アメリカ初の黒人大統領「OBAMA」の誕生は、
あきらかにブッシュの8年間へのNOを意味する。

アンタのせいで経済めちゃくちゃじゃん、
フセインもテロの首謀者じゃなかったじゃん、
もううんざりだよ!

って。

[youtube=http://www.youtube.com/watch?v=jjXyqcx-mYY&hl=ja&fs=1]

それにしてもオバマさんの勝利は
ネットの勝利でもあるんじゃない?
YouTubeがすごいことになってる。
 
 

[youtube=http://www.youtube.com/watch?v=voIcPRTLxrg&hl=ja&fs=1]

 
 

[youtube=http://www.youtube.com/watch?v=BOJ4iFvTp04&hl=ja&fs=1]

「ニゴニゴ動画をご覧の皆さん、こんにちは、麻生太郎です」
とはセンスが違いすぎる。

今さら開会式について思ったこと

お盆の間はオリンピック観戦も適当に、
引っ越しの準備にわたわた動いている。

夜の女子バレーはとくに集中して観る。
あとはダンボールに向かう日々で、腰が痛い。

 

天野祐吉さんのブログに
北京オリンピックのことが書かれていた。

 

石岡瑛子さんが担当した開会式の衣裳デザインは、
いかにも石岡さんらしい厚みのある出来でした。

アメリカ映画「ドラキュラ」の衣裳でアカデミー賞をとったほか、
海外でめざましい仕事をつづけている石岡さんを、
日本のジャーナリズムはもっと評価していい。

足跡の花火がCGだったとか、歌をうたった少女は口パクだったとか、そんなあげ足をとっているひまがあったら、石岡さんの仕事をきちっと紹介しろ、評価しろ、とぼくは思いました。

 

ほんとだなぁ。

開会式で石岡さんの衣裳は
「あ!石岡瑛子だ!!」と分かるだけの
色合いと重厚感をたしかに主張していた。

あの絢爛豪華な中国での開会式に日本のアーティストが
参加し、すばらしい仕事をしていることを、日本人は
メダル以前に誇りに思っていいんじゃないかな。

そしてその事実を日本のメディアは
もっと伝えてもいいんじゃないかな。

天野さんにまったく同感。

タモさんの弔辞

すべて白紙のアドリブだったのでは?とも言われている。
どっちにしても、すごい。以下転載。

 

弔辞

8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。

われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は赤塚不二夫一色でした。

何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。終わって私のところにやってきたあなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。

それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。

赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。

あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。

私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。

平成20年8月7日、森田一義

ファーストインプレッション


iPhoneを買って一週間。

数多のニュースサイトやブログなどで書かれる
「ここがダメだよ!」な点や不具合等について、
うんうんと頷き共感しつつも、もう手放せない。

・バッテリーが持たない
・文字入力が遅い、重い
・たまにアプリが落ちる
・コピペができない
・Flash未対応

など、改善してほしい部分はもちろんあるけれど。

電池以外は未来のアップデートでなんとかなるんじゃ
ねーの?と楽観視もしている。ソフトが軽くなれば
電池も今より長持ちするかもしれないし。

 

おサイフケータイやワンセグがないことは
個人的にはまったく問題ではなく、むしろ

・iPodやネットラジオを聴いたり
・外出先で仕事のメールをさばいたり
・添付資料のパワポをチェックしたり
・お気に入り動画や写真をストックしたり
・空き時間にPCサイトの記事を読んだり
・Google MAPで不動産物件を歩いたり

が手のひらでできる快適さはもう後戻りできなくて、
文字通りスマートフォンとして使えることがわかった。

あと、電話としてはスピーカーフォン機能と
イヤフォン&マイクでの会話が予想外に便利。
電波状況はなんとかしてほしいよ、孫くん。

 

このブログが僕の感想にとても近い。

ことわざ誕生

船場吉兆の“廃業会見”にて、
廃業になった要因を

「のれんにあぐらをかいていた」

と女将は表現した、らしい。

 

のれんにあぐら
【意味】自らの地位やブランドに甘え、問題が起きても何もしないこと。

 

あたらしいことわざ誕生。

犬と猫

彼女が、なにかの本で読んだ一節を紹介してくれた。

 

犬と猫がいます。

犬を手間ひまかけて世話してやると、犬は
「あぁ、なんて自分は幸せ者なんだろう、
 わかった、この人(飼い主)は神様に違いない!」
と思うんだって。
 
で、猫を同じように世話してやると、猫は
「あぁ、自分はなんて幸せ者なんだろう、
 わかった、ボクは神様に違いない!」
って思うんだって。

 

犬と猫の性格を端的にあわらしてるなぁ
と感心してしまった。

猫の勘違い(?)をかわいいと思えるなら
あなたは猫を飼うことができるでしょう、
という話だったかと思う。

 

人間にも当てはまるかもしれない。

道具と玩具

いいなぁ。

▼new iPod Shuffle
http://www.apple.com/jp/ipodshuffle/

「一目見ただけでは、本物の
音楽プレーヤーだと信じるのは難しいでしょう」

 

日本語に正式対応。

▼Google Earth
http://earth.google.co.jp/

「日本国内の衛星画像データも多くの地域で2006年撮影のものが
使用されており、これまで以上に最新の状況を確認できる。
その上、日本全国の建物の3D表示が可能」


うちの近辺も3D。

 

どちらも作ったのはアメリカの企業だけど、
道具とおもちゃの境界があいまいな感じがするのがいい。
すごくハイテクで役立つ道具ともいえるし、いじって楽しい
玩具ともいえる。使う人の目的や気分によって、どちらにも。

とても2006年っぽい感じがする。

EIKO by EIKO

eiko_ishiokaアートディレクター・石岡瑛子氏のレクチャーに参加した。

 

午後4時~、六本木ヒルズ49階。満員御礼。

 

 

石岡瑛子
グラフィックデザイナー、アートディレクターとして資生堂、パルコ、角川書店などの広告キャンペーンを成功に導き、1970年代にセンセーションを巻き起こす。1980年代に入ってN.Yに活動の拠点を移し、映画、演劇、オペラから展覧会、ミュージックビデオ、サーカス、そしてオリンピックまで、幅広いプロジェクトの創り手として国際的に活躍。アカデミー賞、グラミー賞、ニューヨーク批評家協会賞、カンヌ国際映画祭芸術貢献賞など、国際的な賞を多数受賞。1992年、ニューヨーク・アートディレクターズクラブ名誉殊勲賞により殿堂入り。2002年、紫褒褒章受賞。作品集に「EIKO BY EIKO」「EIKO ON STAGE」。

(略歴より抜粋)

 

第一部:映画『MISHIMA』鑑賞
第二部:レクチャー(進行・小池一子)

 

かつて、大学でもこれほどパワフルで刺激的な講義を受けたことはないと言っても過言ではないと思う。素晴らしかった。

 

Timeless,
Originality,
Revolutionaly

普遍的、
独創的、
革新的
であるために心がけること。

自分ひとりの力と数百人の能力を掛け合わせること。

2008年追記:あまり報道されなかったが北京オリンピックの衣装も担当されている。
2008年追記:あまり報道されなかったが北京オリンピックの衣装も担当されている。

 

女はダメだと言わせない、
日本人はダメだと言わせない、
年寄りはダメだと言わせない。

そう心に掲げてデビューから今まで走ってこられたという。闘争の歴史。

 

ご本人から語られたエピソードは一冊の本にまとめられている。

極めて個人的な情熱に端を発するアーティスティックな仕事でありながら、広告や映画といったショービジネスを「デザイン」する。

そんな石岡さんのお仕事の中で僕が最も惹きつけられたのが、ソルトレイク冬季オリンピックのコスチュームデザイン。

スピードスケート用の、肌に密着したレーシングウェア。

eiko_ishioka03

石岡さんはこれを

「1,000分の1秒を争う人が着るものだから、当然、機能性も重視されるけれど、闘争心を着るという側面もあるに違いないと考えました。だからガッツポーズをした瞬間が最も美しく見えるデザインにしたんです」

と説明してくれた。

このスーツを着たカトリオーナ選手は金メダルを取り、『TIME』の表紙を飾った。
そこには、深紅のスーツに身を包み拳を突き上げるアスリートの姿があった。

完璧なデザインというものがあるかどうか僕には分からないけど、完璧を見た思いだった。

Think about Tiger

やっとMac OSを10.4Tigerにした。

メールの使い勝手が格段に上がり、
Dashboardからはお天気はもちろん、
ログインせずにmixiの更新まで把握できる。
SafariがRSS対応になって、友達のブログも
全員分を1画面でナナメ読みできてしまう。

ひとことでいえば「検索」能力がアップした。
その場にいかなくても情報が把握できてしまう。
Google ニュースのように。

アクセスの手順が減ることは、いいことなのか?
今のところ恩恵を感じてはいるけど、自分のサイトは
逆にRSS対応にしたくないかも、と思った。

ジャケットの概念を崩してしまったiTunesの台頭と似ていると思う。
情報というと漠然としているけど、技術の進歩で、もっと漠然とした
「意味」だけでやりとりが可能になった。意味さえ捉えられればいい。

逆に、リッチコンテンツ(Flash)がもてはやされるのも分かる。
実際にその場へアクセスして初めて意味を感じてもらうために。

Appleだけじゃない。
来年にはWindowsも検索能力を上げてやってくる。
それでも、人のイメージ処理能力が上がるわけじゃない。

まっとうでちっとも面白くない結論だけど、
まずは、より一層、丁寧に作ってゆくしかないだろう。

Grandfathers

そういえば、
父方は商売、母方は教育の家系で、
ぼくの母方の祖父母は国語教師でした。

そんなことをふと思い出しました。

母方の祖父は今のぼくと同じ年頃に
第二次大戦でシベリアに抑留され、ソ連軍のもと
樹の根っこや少しばかりの芋を食べながら生き抜き、
極限状態で日本に帰ってきたそうです。

もちろん、こんな一言で片付く出来事ではなかったはず。

ですが、今となってはあまり詳しい話は聞かせてくれません。
多くの友を亡くし、もう戦争映画ですら見たくないと言います。

60年前に死別した友人の名前や性格を覚えていることに驚きます。
同じ高校(旧制中学)の人は日本で最初の特攻隊員だったそう。

敗戦に伴い帰国。
祖父は寺の坊さんと教師の二足のわらじを履き、
紅白歌合戦の審査員をやったり、市長のゴーストライターをやったり、
戦時とは打って変わって“文化功労者”として生きてきた人です。

そんな一切を知らずに寺の孫に生まれたぼくと弟は、
庭で除夜の鐘を突いたり、閻魔さまの絵や地獄絵図を見て泣いたり、
寺の華美な装飾に触れながら墓場でかくれんぼしたり。

今になって、あの環境のありがたさを感じます。

 

父方の祖父母の家は庭が工場だったので、
クレーン車やショベルカーの下でかくれんぼをして遊びました。
自然に包まれた寺と、機械に囲まれた工場が幼少期のぼくを形成しています。

 

何もないゼロ地点から、どちらも
個人の力で家族と仕事を築いてきた人たちです。
きっと周囲の協力も並大抵ではないかと思いますが、
好きなことで環境を造り上げていったところがカッコイイ。

未だに、ぼくは二人の祖父に憧れを抱きます。

君の時間を欲しがる人

以前、予備校時代の恩師が語ってくれたことば。

 

「つまんないバイトで拘束されている君の時間をほしがっている人が必ずいる。君の時間が与えるものを待っている人がどこかにいて、じゃあ君はそれを売り込まないと。今のバイト先は君を有効に扱っていない。それはもったいないことだと自覚しなきゃ」

 

と、これは先生が写真家志望の友人に向けた言葉をかいつまんで書いてみたのだが、かいつまみすぎて敏腕アメリカ人経営者みたいになってしまった。

実際は、サダさん(先生の愛称)はもっと温かみのある言い方をしていた。

先生は友人に対し、ただ無為に働くんじゃなく、作家的な視野を持とうと言いたかったのかもしれない。

この考え方はシンプルで好きだ。

自分には才能があると勘違いする人が多いが、それでも動ける間は動いた方がいい。動いてみないとわからないから。

「君の時間を買いたがっている人」は、必ずいる。そう思うことから始めてみよう。